母音の豊かさ

 

NHKの番組「首都圏ネットワーク」のメインキャスターを務めている
上原光紀(うえはら みつき)さんという方がいます。
ニュース番組ですから、
いろいろなことを伝えてくれますが、
語り口調がやわらかく、
ていねいで、
さすが、
加賀美幸子さんを輩出したNHKだなと思います。
加賀美さんがそうでしたが、
上原さんも、
意識して聴かなくても、
自然と耳に入り、
言われていることが腑に落ちるように感じます。
どうしてかなと思い、
注意して聴いてみました。
すると、
あることに気がついた。
「首都圏ネットワーク」では、
「STOP詐欺被害! 私たちはだまされない」というコーナーがあります。
以前は、
「私たち」ではなく、
「私」でした。
協力しながら皆でだまされないようにしよう、
という心かもしれません。
たとえばこのコーナーを告げるとき、
上原さんの口調に耳を澄ますと、
一音一音がくっきり、はっきりと聴き取れます。
だけでなく。
日本語は本来、
子音が母音に裏打ちされ、
たとえるならば、滔滔と流れる水が杭に当たるように発声されるはずですが、
このごろは、
母音が痩せてポキポキと
杭ばかりが目立ち、
単語単位で発声されているように感じる時さえあります。
なんとなく急かされている具合で。
かつて演劇研究所に籍を置いていたころ、
古い歌舞伎の録音を聴いたことがありますが、
音吐朗々とはこういうことかと驚いたことがありました。
たっぷり、ゆったり、
聴いていて、
気分が自ずと沸き立ってくるような。
上原さんの発声は、
日本語が本来持っている特徴、
とくに母音の豊かさとでもいったものを鮮やかに感じさせてくれます。

 

・風薫る名残の一歩一歩かな  野衾