ファンタジーの力

 

ファンタジーは我らの感覚的耳目(じもく)を鎖(とざ)して、
精神的耳目を開いてくれる。
――私が幾度となく学生たちに言ったことであるが、
およそファンタジーなくしては真に人間らしき生存は考えられない。
ファンタジーなき人間にとっては
真なるものも美なるものもまた善なるものも存しないであろう、
何となれば現象界においては、
換言すれば感官的知覚もしくは経験にとっては何一つとして、
それがファンタジーの媒介を経ざる限り、真でも美でもまた善でもないからである。
世界が混沌にあらずしてコスモス〔調和あり秩序ある世界の意〕であり、
また倫理的秩序であることを我らが認識するのは、
ひとりファンタジーの力によるのである。
我らをして真の存在と世界における神の霊の永遠の支配とを認識せしむるものは
実にファンタジーである。
(久保勉訳編『ケーベル博士随筆集』岩波文庫、1928年、p.122)

 

いわゆる「お雇い外国人」として日本に招かれ、
日本の哲学界を初め思想全般にわたって多大の貢献をなし、
影響力のあったひとにラファエル・フォン・ケーベルがいます。
教え子には
安倍能成、岩波茂雄、阿部次郎、九鬼周造、和辻哲郎、波多野精一などがおり、
夏目漱石とも親交があったようです。
哲学の先生ということで厳めしいイメージがありますが、
ファンタジーが好きで、
吸血鬼の話や
アンデルセンのものも読んでいたといいますから、
人柄がしのばれます。

 

・土間闇し山家の朝の淑気かな  野衾