五臓の鬱結

 

万葉集の868から870の三首は、
松浦巡行に参加できなかった山上憶良が
不満と羨望をこめて大伴旅人に謹上した作とのことですが、
その前文に、
「謹みて三首の鄙歌(ひか)をもちて、
五臓(ごぞう)の鬱結(うつけつ)を写(のぞ)かむと欲(おも)ふ」
とあります。
これについての伊藤博さんのかんがえは下のとおり。

 

詩歌は人間の鬱情を払う具であるという認識を明確に示す、日本での早い時期の語句で、
注目に値する。
この認識は、前期の人麻呂においてすでに顕著であり、
憶良・旅人へと深められ、家持へと盛り上げられていくが、
こういう語句は、
人麻呂にはまだない。
(伊藤博『萬葉集釋注 三』p.139、集英社文庫、2005年)

 

人間の鬱情を払うために歌をよむのか…
なるほど。
そのことをふまえて万葉集の歌群をみていくと、
合点がいくものが少なくなく、
また、
千三百年のときをこえて、
歌にこめられたこころがひしひしと感じられもし、
ひとごとでない気がしてきます。

 

・かたつむり牛の涎の歩みかな  野衾