コーヒー

 

・賑はひの枯葉の道の続きけり

よく行く歯医者の待合室の雑誌用ラックに、
コーヒー
とタイトル文字の大きく書かれた雑誌
が挿してありました。
山道先生もコーヒー好きなのかな。
ページを繰ると、
コーヒー豆の選び方、
美味しいコーヒーの淹れ方、
道具の選び方、
コーヒー好きな著名人のエッセイなどが
写真入りで収録されており、
なかなか楽しい。
コーヒーとタバコはやめられないという
男の人の記事が載っていました。
わたしはその俳優を知りませんが、
その人いわく、
ゆっくりコーヒーを飲んでいると、
風呂の湯に浸かっているときのように、
いろいろ考えたり、
思わぬアイディアが浮かんできたりする云々。
たしかに。
そういうことを言う人は多いし、
わたしもそんなふうに感じて、
風味もさることながら、
よけいコーヒーが好きなのですが、
ほかの飲み物と違って
なぜコーヒーについてだけ、
そんな言われ方がされるのか、
ちょっと不思議な気もします。
飲み物、と書いていて不意に思い出しましたが、
会社の近くに新しくできたインド料理店で働く
若いインド人の男性は、
飲み物のことを「のみもの」と言わずに
「のみみの」と言います。
勘違いしているのか、言いづらいのか。
コーヒーとは関係ありませんけど。

・つむじ風がっきと脚を踏ん張りぬ  野衾

頑固オヤジ

 

・笑みながら受付嬢の寒さかな

『昆虫記』のファーブル先生は徹底して
進化論が嫌いなようです。
好きな虫を観察しながら、
その虫の特徴が
進化の結果現れて来たとはとても思えない
とファーブル先生は言います。
たとえば、
はなむぐりの幼虫は、
ほかの同類の幼虫たちとは違って背中で歩く。
なぜはなむぐりの幼虫だけがそうするのか。
進化論では説明できないではないか。
ファーブル先生、
世界の不思議に打たれれば打たれるほど、
いのちが環境によって変化するのではなく、
環境に合わせていのちがつくられる
と感じているようです。
長年の実証的な観察にもとづく直感がものを言う世界。
ふむ。
かっこいい。
にしてもファーブル先生、
虫が好きなんだなあ。
なあおまえたち、
って虫に話しかけてるものなあ。
頑固オヤジが半生かけて記した『昆虫記』
その頑固一徹さがたまらない。

・車内にて遅延放送師走かな  野衾

省の字

 

・急かぬのに急くこころして師走かな

この日記は、
タイトルのとおり前日を振り返り、
あれこれあったなかから
面白かったり、
腹を抱えて笑ったりしたことを
掬い取るようにして記すもろもろで、
いわば反省の日記
であるということもできます。
反省の記だなと改めて思い、
さて、
反省の省の字って、
もともとどういう字であるか、
気になりだしました。
気になったら辞書を引け。
はい。
白川静の『字統』に
面白いことが書かれていました。
どうもこの省という字、
もともと眉という字に関係が深いようなのです。
「おそらくはもと眉の上に加えた呪飾であろう」と。
呪飾というのは、
刺青(いれずみ)みたいなものでしょうか。
刺青でなく、化粧かもしれません。
『字統』ではまた、
「外地に赴くとき、眉飾を加えてその呪力を示すこと」は、
日本の古代においてもあったとしています。
さらに、
「外に対して示される呪力が、
本来はその内部にある力能のあらわれであるということから、
省心・省悟の意となり、徳性への自覚となる。」
省の字は、
訓読みすると「かえりみる」ですが、
「みる」「さとる」とも読めます。
さとらなくてもいいですが、
朝のこの時間の行いが
けして悪くなく
意味のあることだと思えてきて、
うれしくなりました。

・ふりかへり後ろ歩きの師走かな  野衾

冬の月

 

・気が付けばさむさむばかり呟けり

自宅が山の上にあるため、
帰宅の際は七十数段ある階段を上ることになります。
上り終えた後も
ゆるくカーブしつつ坂が続くので、
見晴らしのいい場所まで来ると、
つい、
「ああ、こえ」と呟いてしまいます。
こえ、は、
秋田弁で「疲れた」の意。
こえの「え」は若干「や」に近い。
保土ヶ谷駅を通過する電車がおもちゃのように見えます。
ふと見上げると、月。
ああ、なんていい月。
凄艶の趣とでもいうのか知らん。
それぞれの季節でいいですけれども、
寒さのなかで見る月はまた格別。
月の周りがうすく黄色に染まっています。
坂の途中のここが
ちょうど一息つける場所なので、
意識しなくても、
天気さえよければ、
毎日変化する月をただで楽しめます。
一日の終りを意識します。

・プルースト毛布を巻いて後すこし  野衾

『人生の特等席』

 

・頭刈り夕刻しんと寒さかな

クリント・イーストウッド主演の映画を観てきました。
本人現在82歳だそうですが、
とてもその年齢には思えません。
役どころは、
プロ野球の老スカウトマン・ガス。
パソコンを使っての新人発掘がふつうになった時代、
ガスは昔ながらに、
選手をしっかり見つめ、
球種を見極め、
球がミットに当たるときの音に耳を済ませます。
自分がスカウトした選手のその後も気遣うちゃんとした大人。
でも、
一人娘のミッキーとはうまく話せません。
頑固なオヤジ。
いわば“直球人生”を送っています。
若いスカウトマンからは馬鹿にされます。
映画の冒頭、
トイレで用を足すシーンがあり、
小便の音が途切れ、
目の下の“息子”を励ますところなど、
笑いを誘われつつも身につまされます。
娘役のエイミー・アダムス、かわいかったなぁ。
クリント・イーストウッド、
しわしわだけど、かっこよかったなぁ。
原題は、
TROUBLE WITH THE CURVE
日本語タイトルは
『人生の特等席』
映画館に行って、
受付でチケットを買うとき、
ちょっと抵抗がありました。
だって
「『人生の特等席』1枚ください」だもん。

・気が付けば顔を剃られて師走かな  野衾