その男

 

・中天に凄艶なりし冬の月

出社時、
たまに遇う男の人がいます。
わたしは坂を上っていますので、
その男の足もとが顔よりも先に眼に入ります。
そして足もとを見るだけで、
その男とまず間違いなく判ります。
なぜなら、
ズボンの裾が寸足らずだから。
足のくるぶしあたりまでしかない。
靴下がもろ見え。
顔を上げて確かめると、
確かめるまでもないのですが、
眉毛がつながりそうに濃い、
髭剃りあとの頬が青々としており、
ちょっと熊五郎みたい、
やはりその男なのです。
ところが。
先日。
坂を上っていたときのこと。
何やら見覚えのある足が歩いてきます。
もしや、
と思い顔を上げると、
つながりそうな濃い眉、
青々した頬、
間違いありません。
その男でした。
でも、
ズボンの裾が短くなく、
むしろほんの少しですが長めです。
ハッと気づきました。
その男、
ひょっとして、
春夏秋冬、四季折々とまではいかなくとも、
暑さ寒さに合わせて
ズボンの丈を変えている、
というか、
夏用のズボンは丈が短く、
冬用のは丈が長いのではなかろうか。
いや、
ぜったいそうにちげーねー!!
ふむ。
ファッションよりも機能性。
その男、
歩くときに、
少し弾みがついており、
半ズボンを穿いた子が
うきうき歩く姿を彷彿とさせます。

・地下鉄に駆け込み眼鏡かき曇り  野衾