斎藤喜博

 

 ひっそりとシンクの中の胡瓜かな

三十年前、横須賀で教師をしていた頃、
毎朝、国土社から出ていた『斎藤喜博全集』を、
片っ端から読んでいた時期がありました。
教師になりたてのことで、
自分が望むような授業ができずに苦しんでいましたが、
斎藤さんの本を読むと、
不思議に元気が出ました。
よし、頑張ろう!
他の本にはない力を感じました。
わたしが当時置かれていた状況にも左右されたかもしれません。
新井奥邃は、
聖書は仕事師の手帳のようなものだと喝破しましたが、
私にとって斎藤さんの全集は、
まさに朝ご飯のようなもので、
お蚕さんが桑の葉を倦まず弛まず食べるのに近かった気がします。
その後、わたしは全集を売り学校を辞め、
東京の出版社に入りましたが、
数年後、そこで『島小研究報告』を作ることになりました。
群馬県島小学校は斎藤さんが校長をしていた学校です。
『島小研究報告』には、
斎藤校長を中心として、
島小の先生たちがいかに実践力を高めていったかの記録
が如実に記されています。
そのセットに「芽を吹く子ども」という記録映画
をビデオにして収録しました。
監督は新藤兼人さんです。
新藤さんとのご縁はこのとき出来ました。
『島小研究報告』の監修は、
当時宮城教育大学の教授をされていた横須賀薫先生。
横須賀先生は、
斎藤喜博と直に接していた教育学者で、
わたしが横須賀で教師をしていた頃、
勤めていた学校に講師としてお呼びしたこともありました。
「名前は横須賀ですが、出身は横浜です」
と先生が挨拶されたのをよく憶えています。
横須賀先生はその後、宮城教育大学の学長となり、
二〇〇六年に退任、
現在は十文字学園大学の学長をされています。
春風社でこの度『斎藤喜博研究の現在』という
大部の本を作ることになりました。
十名ほどの研究者による共著ですが、
横須賀先生が代表を務めておられます。
わたしが編集を担当することになりました。
また一つ、
お預かりしていたものをお返しする気分です。

写真は、なるちゃん提供。
なるちゃんのお姉さんが作った絵画のような茄子。

 源氏読み千年前の端居かな