実事

 

 喉鳴らしやがて息吐く麦酒かな

事実でなく実事。
「じつじ」と読むんでしょうか。
大野晋と丸谷才一の対談集『光る源氏の物語』に、
しょっちゅう出てきます。
たとえば、
「賢木」の巻の光源氏と六条御息所について、
丸谷 いうまでもないことですが、この夜、実事ありですね。
大野 実事ありでしょう。
丸谷 焼けぼっくいに火がついた。
    しかし、火はついたけど、やはり別れることにはなる。
    非常にややこしい男女関係ですね。
大野 そうですよ。
丸谷 この実事のありなしをいつもきちんと押さえていかないと、
    『源氏物語』は読めなくなります。
……てな具合。
もうお分かりだと思いますが、
実事とは、つまりアレのことです。
アレのことをアレと露骨に言わず、
実事と言うところが奥ゆかしい。
てゆうか、笑える。
だって大の男が二人して、
しかも一人は稀代の国語学者、
一人は小説家にして翻訳家の二人が、
ここは絶対実事ありでしょう、
いやいやそうとも言えない、なぜならば…、
なんてしかつめらしく言い合っていること自体おかしいでしょう。
でも、会話は至って真面目に進みます。
それがまたかえって笑いを誘う。
二人とも楽しんでやっているのがこちらに伝わってきて、
心地よい。
下巻もあるので、しばらく楽しめそうです。

写真は、まるちゃん提供。

・八月の夜を電車が裂きて去る