書評ありがたし!

 

 新橋や冬の土竜の闊歩せり

名編集者として鳴らした安原顯さんは、
生前、こんなことを話してくれたことがあった。
書評で一番いいのは、
そこで取り上げられている本が読みたくなるようなもの。
追悼文で一番いいのは、
亡くなった人を心から讃え、
いかに優れた人であったかを告げ知らしめるもの。
ところが、書評も、追悼文も、
書評、追悼文に名を借りて、
己がどれだけ優秀であるかを自慢する文章があまりに多すぎる。
そんなのは、書評でも、追悼文でもない…。
安原さんの言葉を思い出したのは、
拙著『父のふるさと 秋田往来』について、
ありがたい書評を読んだからだ。
書いてくださったのは、
映画作家の大嶋拓さん。
文中「孝行息子」とあるけれど、
それはご褒美と受け取った。
これまでいろいろと親に心配のかけどおしだったから、
褒められるような息子でないことはわたしが一番よく知っている。
そこには、
大嶋さんの父上への尽きせぬ思いがあるのだろう。
大嶋さんは東京で生まれた方だけれど、
父上である「異端の劇作家」青江舜二郎の故郷・秋田への
熱い思いがひしひしと伝わってくる。
大嶋さんのブログにある文章を三度読み、
すぐに電話。
ご了解を得たので、以下に転載させていただく。

早いもので今年もあと1ヶ月。何かと気ぜわしくなってくる時分だが、そんな浮き足だった気持ちをひととき忘れさせてくれるずっしりとした本が、昨日手元に届けられた。タイトルは『父のふるさと 秋田往来』。今年の4月に刊行された亡父・青江舜二郎の戯曲集『法隆寺』の版元である春風社社長・三浦衛氏の二冊めの著書だ。

三浦氏とは昨年の今ごろ、秋田魁新報に青江の評伝を連載していた時に『法隆寺』の件でお近づきになった。秋田が取り持つ縁で、その後もずいぶん懇意にしていただいている。同梱された栞を読むと、かつて青江とも交流のあった武塙三山(三浦氏と同じ井川町出身の元秋田市長)の随筆集を読み、大いに心を奮わせられたことが、今回本を出すきっかけのひとつになったらしい。その武塙の『離村記』を三浦氏にお貸ししたのは私なので、私もほんの少しは刊行に貢献したといえるだろうか。

この本は、そこらの本とは大いに趣(おもむき)を異にしている。まず、現在日本ではほとんど行われていない活版印刷で刷られていること。活版とは、文字どおり活字を一字一字拾ってページを組んでいく昔ながらの(かのグーテンベルク以来の)由緒正しい方法だが、最近は手軽なオフセット印刷などに押されて、滅多に使われることがない。どこの業界もデジタル化が進み、アナログ的な職人技は絶滅寸前なのだ。三浦氏が今回あえてこの方法を採用したのは、「故郷についての本を作るにあたり、本のふるさと、文字のふるさとをイメージ」したかったからだという。もちろんひとりの出版人として、電子出版元年と騒がれているこの2010年に、あえて伝統的なスタイルの書籍を世に送り、紙の本のよさを再認識してもらいたいという意図もあったことだろう(もっとも、「その辺のことは後知恵で、単に面白そうだから…」と編集長の内藤氏は栞に書いているが)。

いずれにせよ、かつてのベストセラー『智恵子抄』を思わせる函や化粧扉など、実にぜいたくな本である。力強く紙に刻印され、凹凸がわかる活字の圧力からは、かつて本が持っていた「言葉を伝える秘められた力」のようなものが感じられる。しかし、何よりぜいたくだと私が思ったのは、三浦氏が父や故郷へのつきせぬ思いをまとめたこの本を、三浦氏のお父上が直接手に取って読むことができるという幸せである。「孝行のしたい時に親はなし」とは大昔から言われていることで、親について何がしかの顕彰作業をしても、肝心の当人はすでにこの世にいない場合が多い。私自身もこれまでいくつか、亡父に関して物を書いたり、その戯曲を世に出す作業をしてきたが、当人の喜ぶ顔を見ることが出来ないのは実のところ何とも寂しいものだ。だからそれが出来る三浦氏が心底うらやましいし、そんな孝行息子を持ったお父上も、実に幸福者だと思う。

『父のふるさと』は、父からの聞き書きという形で秋田のある時代の農村の姿を切り取ったルポルタージュであるとともに、軽妙なエッセーなども交えつつ、人間にとって故郷とは何であるのかを静かに教えてくれる本である。故郷とは、単に盆暮れに帰省するところではない。それは自分を育ててくれた父母の住む場所であり、とおい祖先の眠る場所であり、やがておのれの魂の還る場所でもあるのだ。このように、人間を包括的に受け容れてくれる場所としての故郷の喪失が、現代人の心に巣食う空虚さの原因だと言っても過言ではあるまい。かく言う私も東京で生まれ、帰るべき場所を持たない、寄る辺なき現代人のひとりだ。だから三浦氏がそうした故郷をしっかりと持っていることもまた、うらやましくて仕方がない。せめてこの活版本のページをめくりながら、遥かなる「ふるさと」の香りを感じたいと願う年の暮れである。

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