費用対効果

 

 キーボード稿の秋田の冬終り

経済なり商売なりには、
費用対効果、ギブ・アンド・テイク、
ハイリスク・ハイリターンなどの言葉があります。
見返りを求める、見返りのことを考えるという
一つの尺度であり、
この世で生きていくためには、必要なことであり、
とても重要なことでもあります。
一方だけが得をし、他方が損をする関係は、
けして長続きしません。
しかし、馬鹿の一つ覚えみたいに、
人生のあらゆる局面に費用対効果のモノサシを
当てはめて考えるのは、どんなものでしょう。
女がキレイになるにはHも必要であるということを枕に、
結婚した場合のHと、ホテルでするHの費用対効果を計算(!)し、
結婚してのHのほうがコストパフォーマンスが高いから、
結婚も大事みたいな話を小耳に挟みましたが、
井戸端会議の話としてならいざ知らず、
まともな人の意見とは、とても思えません。
噴飯ものです。
そういうことを言ったり、
書いたりする人間には共通するところがあって、
まず、底意地が悪い。
劣等感が人一倍強い。
世の中に受け入れられないのは、自分が悪いのではなく、
世の中のほうが悪いからだと思う。
それでも、努力努力で這い上がろうとし、
劣悪な世の中をたくましく生きていこうとする。
費用対効果のモノサシを多用しない人間を
あからさまに敵対視する。
化粧でいくらキレイにしても、
眼が笑っておらず、醜く、表情が引きつっている。
おだてに乗りやすい。
以上は、わたしの偏見ですが、
費用対効果、コストパフォーマンスを
金科玉条のように掲げる人の心性、外見の共通項を、
わたしはそのように見、軽蔑しています。

 街灯のジリリと泣きし寒さかな

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