体験学習 2

 

 小さき本つくり愉しむ中二春

横浜女学院の生徒さんたちの職場体験も二日目となり、
いよいよ佳境に入りました。
多聞くんを中心に、十六頁の小さな本を作ります。
「私の好きな本」をテーマに
文章を書いてきてもらいましたが、
どの生徒さんも上手で驚きました。
肩の力が抜けた素直な文章ながら、
言葉えらびに工夫がみられ、味のある作品になっています。
また、例年、ソフトカバーの本をこしらえてきましたが、
多聞くんが事前準備に時間を費やし、今年はなんと、
フランス装の凝った本を作ることになり、
子どもたちもリラックスして作業に没頭していました。
さらに今年は、
神奈川新聞記者の宮島さん、
フリーライターの森さんが加わり、
二人も実際の本づくりを体験。
その模様がさっそく今日の神奈川新聞に掲載されます。
なにか、出版社、新聞社、教育現場の
新しい関係の始まりを予感させる二日間でした。
テーマは「私の好きな本」ですが、
それぞれのタイトルも、各人が考え、決めました。
好きな本の文中からえらび、エピグラフまで付いています。
金子さん、飯島さん、木村さん、劉さん、
お疲れ様でした。
おかげで、わたしたちも楽しい時間をすごすことができました。
ありがとうございました。

 うごうごと背アガゴゲグボ春近し

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費用対効果

 

 キーボード稿の秋田の冬終り

経済なり商売なりには、
費用対効果、ギブ・アンド・テイク、
ハイリスク・ハイリターンなどの言葉があります。
見返りを求める、見返りのことを考えるという
一つの尺度であり、
この世で生きていくためには、必要なことであり、
とても重要なことでもあります。
一方だけが得をし、他方が損をする関係は、
けして長続きしません。
しかし、馬鹿の一つ覚えみたいに、
人生のあらゆる局面に費用対効果のモノサシを
当てはめて考えるのは、どんなものでしょう。
女がキレイになるにはHも必要であるということを枕に、
結婚した場合のHと、ホテルでするHの費用対効果を計算(!)し、
結婚してのHのほうがコストパフォーマンスが高いから、
結婚も大事みたいな話を小耳に挟みましたが、
井戸端会議の話としてならいざ知らず、
まともな人の意見とは、とても思えません。
噴飯ものです。
そういうことを言ったり、
書いたりする人間には共通するところがあって、
まず、底意地が悪い。
劣等感が人一倍強い。
世の中に受け入れられないのは、自分が悪いのではなく、
世の中のほうが悪いからだと思う。
それでも、努力努力で這い上がろうとし、
劣悪な世の中をたくましく生きていこうとする。
費用対効果のモノサシを多用しない人間を
あからさまに敵対視する。
化粧でいくらキレイにしても、
眼が笑っておらず、醜く、表情が引きつっている。
おだてに乗りやすい。
以上は、わたしの偏見ですが、
費用対効果、コストパフォーマンスを
金科玉条のように掲げる人の心性、外見の共通項を、
わたしはそのように見、軽蔑しています。

 街灯のジリリと泣きし寒さかな

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体験学習

 

 冬一日(ひとひ)只管すする塩ラーメン

横浜女学院の中学二年生による体験学習の日が
やってまいりました。
ほんとうは、去年の十月に実施するはずだったのが、
インフルエンザの猛威により、
やむなく今回は中止。
との連絡を一旦はいただいたのですが、
生徒さんたちは楽しみにしているし、
先生たちも、
学校の授業とは別の教育的意義を感じているらしく、
年を越すことになるけれども、
ぜひお願いしたいということで、
例外的に今回は一月、
今日と明日の二日間になりました。
二日間で、生徒さんたちが用意してきた作文を元に、
十六ページの小さな可愛い本を作ります。
今回は、
神奈川新聞の記者やヨコハマ経済新聞のライターも加わり、
いっしょに本作りを体験してもらいます。
初日午前中の講師はわたしが務め、
あとはテラチーと多聞君が、
といっても、他のものも加わって、
春風社としても、
二日間の大きなイベントになることは間違いありません。
わたしたちは、
教えながら、ふだん体験しないことを、
生徒さんたちから教わることになります。

 ふるさとや電話を置きし冬晴れ間

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日々の道

 

 手袋や完全防備の五十代

正月、秋田に帰省した折、
父から斎藤肇氏の詩集『日々の道』(書肆えん)を示された。
斎藤氏は一九三三年(昭和八)、秋田県井川町生まれ。
高校卒業後、地方公務に携わるかたわら、詩作を行ってきた。
日々の道は、そうしたなかで紡がれた氏の珠玉の第二詩集である。
詩は「物や経済などのくらしの表と、表裏一体である内なる“芯”は、
つまりくらしの命脈と言っていいのではないか」
と「あとがき」に記している。
詩集を一気に読むことなど稀であるが、
『日々の道』の一つ一つの言葉が身に沁みて、
巻を閉じたとき、ホーと溜め息がでた。
ふるさとにくらし、ふるさとの恩恵をまるで雫のように、
ありがたくていねいに受け留めている言葉、詩である。
感想を手紙に書いて送ったところ、
斎藤氏からありがたい手紙とともに、詩集を恵贈された。
これからも折にふれ巻をひらき、
そのたびに瑞々しいふるさとの息吹に触れることになるだろう。
ありがとうございました。

 冬不忘共刷りトンボバーコード

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 底冷えの一日(ひとひ)稿成り空冴ゆる

このごろの休日は、秋田に関する原稿を書いています。
点でしかなかった記憶が線でつながり、
書いては考え、想像をたくましくしているうちに、
紡いだ糸がやがて面を構成していくような具合で、面白い!
土曜日、会社にお越しいただいた方は、
中学二年のとき、「二十年後の夢」として、
本を出したいと書いたのだそうですが、
春風社との縁で夢を叶えることができると、
とても喜んでおられました。
こちらこそ、そういう夢の実現に参画できることを、
心からうれしく思います。

 雪や雪稿の秋田に降りしきる

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図書館員

 

 交差点息を吹きかけ揉み手かな

写真集『九十九里浜』の写真家・小関与四郎さんの
写真集『国鉄 蒸気機関区の記録』を見たくて、
すぐそばの神奈川県立図書館閲覧課に電話しました。
このごろつくづく思います。
いい場所に会社があるなぁと。
だって、ほとんど斜め向かいが図書館なので、
まるで自分の書庫のような感覚で利用できます。
電話したら、閲覧課の女性が応対してくれました。
名前は知りませんが、顔はもう覚えていますから、
あの人かな、それともあの人かな、なんて想像しつつ、
目的の写真集があるかを尋ねました。
「書架にあるか、見てきていいですか?」
「はい。お手数をおかけします」
待つこと数分。三分は待たなかったと思います。
「はぁ。ありました。ふぅ。取り置きしておきますか? はぁ」
「あのう?」
「はぁ。なんでしょう? ふぅ」
「息が切れていません?」
「はぁ。はい。走っていってきたもので。ふぅ。すみません」
「いえ。ありがとうございます。では、あとで取りにうかがいます」
「はぁ。はい。お待ちしております。ふぅ」
ありがたかったですね。
人肌を感じるというか、
書架に急いで確かめに行ってくれた
図書館員の心意気がありがたく、うれしくなりました。
今日は小関さんに会いに千葉まで行ってきます。
なので、朝、五時起きでした。
五時起きのときの目覚ましの曲は、
オーティス・レディングの「ドック・オブ・ザ・ベイ」
ケータイは、ほんと便利です。

 改札を手袋のままスイカかな

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作文

 

 エコカーより冷気暖々エコマフラー

小学校に入ると作文の授業があり、
夏休み、冬休みには絵日記があり、
中学高校でも文を書かされ、
大学ではレポートだ卒業論文だと、
とにかく文章を書かなければならないことが
結構ありました。嫌でしたねぇ。
強制させられると、やりたくないですもん。
原稿用紙に向かって、ぼーとしているうちに、
三十分ぐらいはすぐに経ち、
そのうち、頭を掻いてみたり、
鼻くそをほじってみたり、
ほじると指先が気になり手を洗い、
すると、あら、
爪が伸びているではないかと今度は爪を切り、
あ~あ、
な~んも思い浮かばないから音楽を聴いたり、
とにもかくにも、
さっぱり身が入りませんでした。
それでも、嫌々ながら書いて、書きつづけて、
自分で意識して文章を書くようになったのが、
前の出版社勤めの頃ですから、早二十年になります。
このごろやっと、面白いなぁと思うときが、
たまにあります。
ノリで一気に書いた文章を、
後から静かに読み返し、手直ししていくと、
格好をつけて言えば、
自分と対話しているように感じるときが
ほんの時たま、あります。
好きな本を読んでいるとき、
著者と対話しているように感じられるときがありますが、
自分の文章に対して、
そんなに多くはありませんけれど、
あれに似た感じに浸っているときがあります。
それは、自己満足みたいでもありますが、
なんと言ったらいいか、
自分で書いた文章なのに、あるノリで書いた場合、
書いたというより書かされた、
そんなふうに感じられて、手直ししているうちに、
自分との対話ができていくように思うのです。
うまく言えません。
そんな感じが、このごろ面白いなぁと思います。

 手袋や顔の痒みをいかにせむ

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