乳房二件

 バリカンの音消ゆ闇や蝉しぐれ
 同じ時刻に同じ電車に乗ると、見知った人ができてきます。あれ、今日はあの人はいないな。あの人はいるな。
 横浜駅で根岸線に乗り換えるとき、何度かお目にかかった女性がいます。どうしてその女性を意識したのかと言えば、下腹部が異様に膨れていて、バランスをとるためでもありましょうか、こころなしか背を反らしぎみにホームに立っていたからです。
 その後、何度か一緒の電車になりましたが、下腹部のハレと見えていたのは明らかに乳房でした。
 房というのにふさわしく垂れていて、電車のシートに座ると、彼女の目の前にふかふかのテーブルができる具合です。下着を身に付けるのが煩わしいのでしょうか。
 休日の朝、チャイムが鳴って、ドアホン越しに話を聞くと、犬を飼っていないかということなので、飼っていないと答えたのですが、声の感じから、なんとなく曰くありげな様子なので、出てみると、見知らぬ白髪の女性がネグリジェ姿でバケツを手に持ち、立っていました。
 大きな犬を連れた女性を知らないかと言うのです。知らないから、「知りません」と答えたのですが、彼女の話では、老齢のその犬の小便が大量で、しかも場所を弁えずにする、というよりも、垂れ流し状態なので、臭くてたまらない…、というようなことでした。それからどうしたわけか、話が転じ、わたしは脳梗塞をやりまして、片方の目は見えず、すこし呆けてもきております、云々。
 黙って聞いていたのですが、話のいかがわしさよりもネグリジェの下の乳房が目に入り、目線が下がることを警戒しながら、彼女の話が終わるのを待ちました。彼女の乳房が、老齢にもかかわらず、あまりにしゃんとしていたからです。近所だとのことでしたが、その後、彼女を見かけません。
 夏祭り昔の子らが歩いている

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