天気予報

 足八本網にかかれり秋の風
 テレビを見なくても、今はケータイで天気がわかります。新しい機種に変更した時、横浜の天気が分かるように設定したので、とても便利。しかし、ケータイの天気予報よりも分かりやすいのが、自分の体による予報です。
 気功を続けているにもかかわらず、なんだか肩や首が凝るな〜と思っていると、案の定天気が崩れだし、あれっ、凝りがほぐれたぞ、と愉快になると、天気も晴れます。こうなると、天気によって体調が変化するのか、わたしの体調によって天気が変化するのか(んなわけないか)分からなくなってきます。
 今日は晴れ。なんとも気持ちいいです。
 豊作と父の電話の弾みたり

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タイミング

 くるくると秋風からかう吊るしダコ
 なんの因果か、トイレに入っている時に電話が鳴ることが、よくあります。尾篭な話で恐縮ですが、紙で拭いた後ならまだしも、脱糞の最中に、まるでその時をねらってでもいるかのように鳴ることが、間々あります。
 今日がそうでした。わたしは肛門をキュッと締め、取るものも取り合えず、がに股ばしりで廊下を急ぎました。がに股で電話を取り、がに股のまま話し、がに股のまま電話を終え、そして、がに股でトイレへ戻りました。
 わたしは、電話の相手に、「ウ○コをしている時に電話をかけてよこすなーっ!!」と言ってやりましたが、そんなこと言っても、あなたがウ○コをしているかどうか、どうやって分かるのよ、と言われれば、たしかにそうです。
 朝から、こんな話で恐縮です。トイレに戻り、改めてちゃんとお尻を拭いたことは言うまでもありません。
 ところで、大事な話を忘れるところでした。今日から小社は十年目に入ります。苦節十年、聞くも涙、語るも涙の人生絵巻。く〜!!
 なんてね。みんなで楽しく、笑いながらやってきました。これからも、皆様、どうぞよろしく。(ほんとは、このことをたっぷり書こうと思っていたのですが…)
 ペシャンコになりて秋呼ぶ吊るしダコ

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電話

 秋風や裏も表も吊るしダコ
「はい。もしもし」
「おいだ」
「ああ」
「元気が? 稲刈り、終わったが?」
「今日で、全部終わったよ。正紀の家のも、井内の兼人の家のも」
「疲れだべ?」
「なんも。なに、疲れるて」
「んだが。まず、ゆっくり休め。かあさんも元気が?」
「ああ、元気だ。……、なんだ、その音゛? ガーッて?」
「汽車の音゛だ。今、横゛浜駅゛のホームだがら」
「んだが」
「こっちは、雨降って、急にさびぐなったよ。秋田はどうだ?」
「天気ええよ。稲、だいぶつぶれだどごろもあるよ。おいの家は大丈夫だったども」
「んだ。まず、ゆっくり休め。へばな。まだ、電話すっから」
 秋風や潮騒刻む知多の海

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知多半島

 曼珠沙華青空新美記念館
 金曜の夜から昨日まで、知多半島を旅して来ました。
 浜辺に立ち、『潮騒』のモデルになったという神島に向かって気功をしていたら、スギライトのブレスレットがブチッと切れ、波打ち際に散らばりました。体調が優れない時に購入し、ずっと身に付けていたものです。
 なんだかスッキリした気分になり、波に浚われていく数珠だまを眺めていました。
 鉄分を多く含んで黒い九十九里の砂とちがいサラサラの白い砂に異国情緒を誘われます。
 爽籟や火星人現る!ここは地球

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白い紙

 秋抜けし背骨の揺れの軽きかな
 このごろ、ことばについて思うことがありまして。それは、ことばの周辺、あるいは隣り、とでも言えばいいでしょうか。
 ことばにならないことがあるとか、行間を読むなどということも言われますから、ことばがすべてではないということなのでしょう。しかし、それも、ことばにするから、ことばだけではないよと気づくのかもしれません。
 白い紙が目の前にあります。これに、ペンで点を付したとします。その点をじっと見ていると、点の周辺が少し暗く見えます。点の影のようです。ことばと、ことばにならない時間と空間の関係もこれに似ているような気がします。図と地。ことばがなければただの白い紙ですが、ことばが傍にあることで、陰影をもち、独特のニュアンスがそこに醸し出されてくるように思います。

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秋ごころ

 駆け上り何も持たずに鰯雲
 憂愁の愁。秋のこころって書くんですねー。そんなこと言ってる場合か。読まなければいけない原稿は山積み、毎日来客はある、見たい聴きたいイベントは目白押し、しなければいけないことだらけ。でも、ふと立ち止まると、虫の声が聞こえてきたり、空が妙に青かったりして、ドキリ。九月は病院に行く人が増えるんだそうです。なーんて言っているうちに十月だ。慌てずに急がなきゃ。

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横浜にぎわい座

 休日を何事もなく鰯雲
 すぐ近くにありながら行ったことがありませんでした。横浜にぎわい座。
 いいですねー。広すぎず、狭すぎず。常連のお客さんが多いせいか、始まる前から、場内あたたかい雰囲気に包まれていました。
 三遊亭楽太郎と林家木久扇(木久蔵の名前を息子に譲り、公募のなかから選び木久扇としたのだそうです)の落語は、さすがと思いました。
 「笑点」のイメージしかなく、二人のちゃんとした落語を聞くのは(それもナマで)初めてでしたから、新鮮で楽しい時を過ごしました。
 楽太郎が扇子を上手に使い、階段をトントントントントンと駆け上る音と仕草はほれぼれしましたね。隣りに座っていたオバさんが、「上手いもんだねー」と呟いていました。木久扇の田中角栄と大平正芳二人の総理の真似は至芸というしかありませんでしたね。笑わされました。
 木久扇のとき、携帯電話で話しているバカがいて、木久扇師匠、どうするかとドキドキしながら見ていたら、噺を止め、ニコニコしながら、「冷蔵庫にちゃんと入れておかないといけませんよ」とそのヤクザまがいの男に声をかけました。場内からドッと笑い。バカ男が電話で話すくだらない内容を漏れ聞いての「冷蔵庫〜」だったのでしょう。それでも男は止めません。
 師匠、ニコニコ顔をそのままに、電話が終わるのをじっと待ち、「終わりましたか。よござんすか。えーーー。どこまで話しましたっけね」(ここでまた場内からドッと笑い)と、何事もなかったかのように、噺を続けました。この辺のやり取りも、ほかの客が不愉快にならないように実に見事な対応だと感心しました。
 携帯電話のバカ男は、これも何事もなかったかのように、最後まで木久扇の落語を聞き、拍手を送り帰っていきました。

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