憑き物

 

 鉄棒に下がりひたすら梅雨晴間

子どものときから、
人もそうですが、何らかの理由で、
特別好きになった歌があり、
わたしの場合、たとえばそれは、
トム・ジョーンズのシーズ・ア・レイディ(She’s A Lady)
であったりするわけです。
1971年に発表された曲だそうです。
なんだかすげーかっこいいなあと思いました。
あれから、いろんな洋楽を聴いてきて、
でも、いつもあの、
ウォウ、ウォウ、ウォウ、ウォウと、
上って下る唸り声が耳に焼き付いて離れず、
先々月でしたか、
1970年代の洋楽ヒット100曲なる五枚組CDを買ったところ、
なんとあのシーズ・ア・レイディが、
入っているではありませんか。
さっそく聴いてみました。
ウォウ、ウォウ、ウォウ、ウォウ…。
ははははは…(汗)
なぜか笑ってしまいました。
憑き物が落ちたとは、まさにこのこと。
当時どうしてあんなに好きだったのか、
今となっては謎です。
週刊金曜日、いや先週金曜日、
因幡晃(いなば あきら)のコンサートに行ってきました。
因幡晃もわたしにとって忘れられない人です。
とくに別涙と書いて「わかれ」という歌。
これも1970年代じゃなかったでしょうか。
「いいのよ もういいの わたしのことは~」
く~っ、泣きましたねー、当時。
ああ、こんなに好きなのに好きなのに、
彼女は去っていく…。
いや、自分のことですが。
あれから行く清掃、もとい、幾星霜。
すっかり変わってしまいました。
なつかしい歌ではありますけれど、
引き出しの片隅に忘れられたちびた消しゴムみたいに、
(という比喩が70年代?)
あれ、こんなところに、みたいな感じで、
自分で驚きました。

 マンションのドアを開けたらノコギリか

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リリー・クラウス

 

 夏山を仰ぎ足下の犬の糞

ホグウッド指揮、エンシェント室内管弦楽団演奏による、
モーツァルトの交響曲全集に一区切りをつけ、
きのうから、リリー・クラウスを聴いています。
リリー・クラウスという名前を知ったのは二十年ほど前。
『奥邃広録』の復刻版を出す際、
四人の方にインタビューしましたが、
そのうちのお一人が長島吉太郎さんでした。
吉太郎さんは、
元の『奥邃広録』を編集した長島忠重のご子息で、
新潟大学で美学を講じておられた方です。
モーツァルトの研究家でもありました。
リリー・クラウスのモーツァルトへの言及をひきつつ、
新井奥邃も「聴こえる人」だったのだろう、
とのことでした。
聴こえてきたものを書きとめたのだろうと。
「リリー・クラウスの芸術」として
全三十タイトルが出ていますが、
そのうちモーツァルトが十九あります。
しばらくはこれを聴こうと思います。
ところで、きのうは昼寝できませんでした。

 円き祖母畑にしゃがむ青嶺かな

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昼寝

 

 梅雨の下父の目奪(と)りし嬰児籠(えじこ)かな

朝、出掛けにテレビをつけたら、
十五分の昼寝が健康によいと医者が話していました。
やっぱりそうなのか、と思いました。
昼食がはやく済み、
早々に社に戻ったときなど、
わたしは常に、
というわけではありませんが、
かなり頻繁に昼寝をします。
それがちょうど十五分。
窓と机の間のスペースに新聞紙を敷き横になります。
ナイ2君が、
昼休みに相応しいBGMをかけてくれますから、
それが導きとなって、
知らず知らず眠りの世界へ。
ハッと眼を覚まし、腕時計を見ると、
だいたい十五分たっています。
眠りにつくまで二~三分は経過しているはずですから、
実際眠っている時間は、せいぜい十二~三分。
それでも、なんだかシャキッとして、
昼寝をせずに午後の仕事に突入した時とでは、
気分が全然ちがいます。
仕事のはかどり方にまで影響するようです。
というわけで、
今日も昼寝をしようっと。

 口あけて空を見てゐる梅雨晴間

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夢の中の性格

 

 名を唱へ逢ひたき人に夢で逢ふ

わたしが所属する団体でお祭りをすることになり、
みんなで打ち合わせをしています。
総合司会は、たけしです。
紅い蝶ネクタイなんかして。
ああ、あの格好、
テレビで見たことあるぞ。
打ち合わせは、
だらだらと延々続きそうで、
それに、あまり真剣みも感じられませんから、
わたしはつつーとその場を離れ、
小走りから、
いつの間にか、ふつうに走っています。
と、
向こうから、かつての同僚が走ってきました。
Oさんは運動会の途中なのだそうです。
わたしは、
どちらかといえばヒマなので、
向きを変え、Oさんについて走り始めました。
わたしは少々、はっきり言えばかなり、
走ることに自信があって、
女性のOさんと連れ立って走ることなど余裕です。
グラウンドに入り周回していたところ、
ケータイが鳴り、
わたしは立ち止まりました。
相手と話しているうちに、
Oさんは先を走って見えなくなりました。
手が滑り、
ケータイが崖の下に転げていきました。
グラウンドが崖の上にあることを知りませんでした。
と、
わたしはサーフィンぐらいのスペースに立っていて、
ほかはみな水浸しです。
グラウンドの真ん中は湖で、
時間によって水位が変るようなのです。
あわてて、
今のうちに走り抜けようとしましたが、
水位がだんだん上がってきて、
とても走って逃げられないような気がしてきました。
こんなことなら、
Oさんといっしょに走らなければ良かった。
司会のたけしが少しふざけていたことが、
気のゆるみを招いたような気もしました。

 夏草や足場の上を猫とほる

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加速するバルザック

 

 水吸って部屋の紫陽花色づけり

朝読の『南総里見八犬伝』が終り、
本年後半は、
三十年ぶりに『源氏物語』に挑戦しようと思っているのですが、
和モノ大モノが二つ続くことになるので、
ちょっと洋モノを読みたくなり、
『バルザック全集』の中から、
まだ読んでいない第五巻をひもときました。
この巻には「ウジェニー・グランデ」が入っています。
元町長のグランデは、大金持ちでけちん坊。
その娘がウジェニーです。
グランデの弟の息子のシャルルがパリから遊びに来ますが、
実は、グランデの弟は、
取引先の倒産から破産に追い込まれ、
シャルルを兄のもとへ送った後で自殺することを手紙にしたため、
それを兄のグランデに渡してくれるように息子に託します。
もちろんシャルルは父の破産を知りません。
自殺のことはなおさら。
自殺は実行されます。
シャルルは、父の自殺をグランデ伯父から知らされます。
失意のシャルルとウジェニーは恋に落ちます。
しかし、
父が死に、一文無しになったシャルルは、
一旗揚げるために東インド諸島へ行くことになります。
さて、その後の物語やいかに…。
なんちゃって。
こんなふうに書くと、
相当テンポのいい物語に見えますが、
初めのうちはバルザックらしく、なんともかったるい。
まあ、料理で言えば、材料の説明が延々と続きます。
材料の説明はもういいから、
とっとと作って食わしてくれよ!
と叫びたくもなります。
そんな気持ちになる頃を見透かすように、
物語が急に回転し始めますから油断できません。
前半でなされた素材の説明が生きてきます。
こうなるともう止めるに止められません。
物語はこれでもかというぐらいに突き進みます。
そうして、バルザックの小説には、
必ず金の問題が絡んできます。
親子の情愛の機微にまで金が絡む。
んー、深いなあ。おもしれえなあ。

 巨いなる祖父の体の端居かな

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ふるさとセミナー

 

 今月も故郷に帰る鮒煮かな

六月十一日(土)、
秋田県立図書館の主催で行われた
「秋田ふるさとセミナー」に行ってまいりました。
講師は『龍の星霜 異端の劇作家 青江舜二郎』の大嶋拓氏。
当初、聴講生の一人として参加するつもりでしたが、
講演のなかで、
戯曲「河口」「やけどした神様」「干拓」も取り上げるとのこと、
それが秋田方言で書かれていることもあり、
朗読を依頼され、
急遽、お客様の前に立つことになりました。
敬愛する青江先生の戯曲を秋田で朗読できるとは、
こんな光栄なことはありません。
いっしょうけいめいやらせていただきました。
朗読の途中、笑い声や、
「んだ、んだ(そうだ、そうだ)」の相づちも聞こえ、
後押しされるように、
役にのめりこむことができました。
わたしの町からも知人・友人が何人も来てくださり、
ほんとうに嬉しいことでした。
講演で大嶋氏は、
秋田を舞台にした青江の代表的戯曲を取り上げながら、
劇作家の人物像、
とりわけ秋田への複雑な思いをきめ細やかに解説し、
外科手術するような語りでなく、
今も生きて働いている魂により添い、
それをそっと手渡していくような、
すばらしい語りでした。
すぐ横で聴かせていただきながら、
語り手の震えが伝わってくるようでした。

 子なれば亡き師の笑みに似たりけり

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焼きアゴ

 

 だらしなき日もあり夜の初鰹

わたしの住むマンションの管理会社に、
以前勤めていたOさんから突然電話があった。
Oですと名乗られても、すぐにピンとこなくて、
え? あの、どちらの、Oさん?
などと間の抜けた返答をしているうちに思い出した。
電話は築地からだった。
曰く、
築地で飯を食いたくなって出かけたら、
焼きアゴが売られているのが眼に入った。
焼きアゴといえば三浦さんだということで、
買いました。
多く買ったので、半分お分けします。
これから会社にお届けしたい…。
一度Oさんに手作りのラーメンをご馳走したことがあった。
わたしがマンションの理事長をしていたとき、
山の上のマンションのこととて、
玄関ドアが突風にやられて壊れやすく、
Oさんとよく話し合ったものだ。
面白いようにひしゃげたドアを交換しなければならなくなり、
そのことにつき居住者に知らせたところ、
総会に一度も出てきたことがない人間に限って、
なんだかんだと文句を言い、
Oさんに向かって、
酷い言葉を浴びせた馬鹿もいた。
わたしはもらい泣きならぬ、もらい怒りに狂った。
負担金を出すのが嫌なだけだった。
そんなこともあったので、
Oさんとは偶にしか会わないが、
同志という感じが今もある。
Oさんは、週に三度、
一回五時間の人工透析に通っているが、
昨日は木曜日で、透析に行かなくてもよい日だったらしい。
いただいた焼きアゴ、味わっていただきます。
ありがとうございました。

 初鰹きちがひ水を流しけり

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