一献

 

・往き帰り野毛界隈は秋に染《そ》む

社業17期に入りましたので、
社内で一献。
若い人の話を聴きながら、
苦しくても
(って、
そんなには苦しくありませんでしたが。
病気のとき苦しかった!)
編集の濃度を下げずにやってきてよかったと思いました。
むかしならいざ知らず、
出版はけしてもうかる商売ではありません。
が、
出版不況と叫ばれながら、
食べていけない商売でもないというのが、
16年やってきての結論です。
今のところ倒産してないから言えるわけですが。
おカネはそんなに入ってこなくても、
面白いか面白くないか
ということなら、
こんなに面白い商売はないと思います。
とくに春風社は
学術書中心でやっていまして、
ということは、
ライフワークとして研究していることの成果が
本になっている場合が多い。
その内容をじかに読み、
じかに聴き、
自分では体験できない世界に参入することができます。
子どものこころで
本をじっくり読むことと地続きです。
そんなことをつらつら
思っているうちに、
酒も程よくまわっていました。

・秋風や計画したることもあり  野衾

重い靴

 

・雲白く家路さやけし実紫

おとといまでデッキシューズを履いていたのですが、
急に寒くなりまして、
夏の恰好から秋のものに換え、
併せ、
靴底を張り替えておいた
ホワイツの靴を棚から下ろしました。
デッキシューズがタッタッタッ…
なら、
ホワイツの靴はズンズンズン…。
走らなければならない場面でも、
けしてタッタッタッ…
とはならず、
ダッダッダッダッ…。
ところが、
一歩一歩の踏み出しと
着地するときの
足裏の接地感覚の快となると、
重さあっての賜物と思わずにいられません。
秋はいろいろ見るものが多く、
ゆっくり歩きたいので、
ホワイツの靴は欠かせません。

・虎河豚やあっぷうぷうの顔したり  野衾

九十九里再訪

 

・稲刈りの手順を床の中の叔父

先週金曜日は石橋と石橋のふるさと九十九里浜へ。
勤めをしながら四十年間利根川の写真を撮り続けてきた塙紘さんに会いに。
紹介してくださったのは
写真集『九十九里浜』『クジラ解体』の小関与四郎さん。
横芝の駅に着くと、
お二人が迎えに来てくださっていました。
塙さんの車に同乗させてもらい、
以前もご馳走になったことのある定食屋へ。
この日は背黒イワシの入荷がなく、
アジフライ定食をご馳走になりました。
小関さんを師と仰ぎ、
母のふるさとである利根川を撮り続けてきた塙さんでありますが、
なんと、
塙さんのお父さんは、
石橋が中学校を卒業し定時制高校に通いながら勤めた病院の
上司でありました。
たしかに。
世界は広いけれど、
世間は狭い!
それと。
すばらしい写真を
つぶさに見させてもらい感じたのは、
日本(だけではない)の文化は、
古来、川と海にあったし、
今もあるということであります。
塙さん畢生の写真集『利根川を往く』を
春風社からだすことになりました。
タイトルは小関与四郎さん。
*
橋本照嵩『石巻かほく』紙上写真展
の三十二回目が掲載されました。
コチラです。

・秋深しぞろり台湾栗鼠二匹  野衾

17期

 

・窓たたく台風か否ただの風

弊社は1999年10月1日創業ですので、
昨日より17年目に入りました。
この間、
出版界はますます
昏迷の度を加えてきましたが、
業界4位の取次である
栗田出版販売株式会社の倒産は、
このごろの大きな事件でした。
1位から3位にしたって
安閑としていられないはず。
書籍にかかわるマンモスのようだった
再販売価格維持制度も
大きく変わらざるを得ないでしょう。
書籍はほかの商品と違う
とみなすことが、
そもそも驕りであり、
たてまえにすぎなかったことが
世間に浸透してきたのは、
いいことだと思います。
本だけ特別なわけはないですから。
隠れ蓑にしているひとがいるのでしょう。
変化の原動力はインターネットで、
それが結局のところ、
電子書籍でなく、
紙の本の価値を再認識させる契機になっています。
この欄を読んでくださっている方には
耳だこかも分かりませんが、
読んでおもしろく、
ためになるような本を作りつづけたいと思います。
これからも
どうぞよろしくお願いいたします。
*
橋本照嵩『石巻かほく』紙上写真展
の三十一回目が掲載されました。
コチラです。

・昏き方おいでおいでの薄かな  野衾

のどじまん!ザ・ワールド

 

・ほぐしては箸に載せたる秋刀魚かな

テレビをつけたら「のどじまん!ザ・ワールド」
クリス・ハートさんは、
この番組で優勝し
日本で歌手生活を送っていますが、
彼につづけとばかりに
いやはや
凄いひとたちが登場します。
今回優勝したのは、
インドネシアからやってきたファティマ・ザハラトゥンニサさん。
優勝曲は、
いきものがかりの「ブルーバード」
いきものがかりは
好きなグループなので、
どんなふうに歌ってくれるかと
興味津々で見ていたら、
歌いだしから
ブルッと鳥肌が立ちました。
歌が進行していくうちに、
なんだか
神がかってゆくようで、
見ていてだんだん目頭が熱くなってきます。
ファティマさんのプライベートは
まったく分からないわけですが、
凄い歌にふれるといつも感じるのは、
人生の喜怒哀楽、
謙虚。
自分の驕りが流されていくようで嬉しくなります。
勝手に想像がふくらみ、
彼女の悲喜こもごもを思わずにいられません。
クリス・ハートさんを初めて見たときもそうでした。
ファティマさん、
また歌ってくれないかしら?

・食べ方の綺麗を競ふ秋刀魚かな  野衾

掃き清め

 

・魔のごとく体育館の上の月

秋田の母親を見ていて思うのは、
癖が似ているということ。
下に落ちているモノを拾わずにいられないのもその一つ。
悪い癖ではないと思いますが、
それをいま拾わなくたって、
と思うことも間々。
でも、
拾わずにいられない…。
どうも自分の居るところの横でなく
上でなく、
下が気になります。
その感覚は、
本を読んでいるときにもあり、
からだというか
こころというか、
底を掃いているような気がするときがあります。
本を読んでいて、
あああ、
と思うと、
自分は
なにものでもなく、
いろいろ持っていても、
死ねばあちらに持っていけないし、
だから結局
なにも持っていないと同じで、
と、
つらつらつら。
さささっと、
掃かれている気がしてきます。
場は自分であります。

・ころころり終りなきよな虫の声  野衾

「弟」という字

 

・雲祓い青き明るき良夜かな

大崎章監督の映画『お盆の弟』について、
きのう書きましたが、
映画とはまったく関係ありませんが、
きょうは
「弟」という字のことです。
これは象形文字で、
なめし皮の紐でモノを束ねた形なんだそうで、
モノを結び合わせる意であり、
のちに
兄弟の意に用いるようになった
と
白川さんの『字通』にあります。
が、
この字をジッと、
ジーッと、
ジーーーーーッと
見ておりますと、
二本の長い触角様のアンテナ
をつけたヒトが、
右足を斜めにひょいと出し立っている
姿が髣髴としてきます。
『お盆の弟』のポスターでは、
二人がまっすぐこちらを見ていますが、
弟役の渋川清彦が
右足を少し斜めに出していたら、
立ち姿がすでに弟を表現していて
笑えたろうに、
なんて。

・江ノ島や顔拭く先に秋の風  野衾