カラス朔太郎

 

・映画館出でて行き先失へり

萩原朔太郎をナマで知っている人が、
朔太郎は
喜劇俳優のバスター・キートンに似ている
と
どこかで言っていたのを読み、
それならと、
あらためて眼ぎょろりのキートンの
映画をDVDで観、
写真で知っている朔太郎を思い浮かべたら
たしかに似ていました。
草野心平が不在のとき、
朔太郎が草野宅を訪ねてきたことがあったそうです。
奥さんが対応し、
朔太郎はすぐに帰った。
草野が帰宅するや、
奥さんは、
「今日、眼がぎょろりとしたひとが訪ねてきたわよ」
草野はまた、
夢で鴉が後ろ足で立って歩いているのを見、
ああ朔太郎さんだ、
と思ったら目が覚めたのだとか。
ストーン・フェイスのバスター・キートンの
「キー」は、
ぼくにはどうしても
「黄ー」に思えてしまいます。
と思っていたら、
筑摩書房からでている
萩原朔太郎全集の表紙の色は黄色で、
ああやっぱりと、
根拠もなく
ぼくのなかでは合点がいったのでした。
*
図書新聞に論創社から刊行なった
『大菩薩峠【都新聞版】』の書評が掲載されました。
コチラです。

・秋なれば店の娘の懐かしき  野衾

語り口

 

・秋風やページはらりと文庫本

小西甚一の浩瀚な『日本文藝史』を読んでいると、
ハッとさせられることが多いのですが、
あまりに物事をはっきり言っていて、
思わず大声をだし笑ってしまうことがあります。
たとえばこんな箇所。
「連歌人口の増大と表現の平明さとを結びつける考えかたは、
あまり教養の無い者たちにとって複雑・微妙な表現がお荷物のはずだ――という前提に立つ。」
それはそうかもしれないけれど、
そうはっきり言わなくても
と思ってしまいます。
でもやっぱり可笑しい。
そもそも小西さんは、
ドナルド・キーンさんの強い推薦もあって
スタンフォード大学に招かれていったぐらいの秀才で、
この本は、
日英両語で出版されたぐらいですから、
シンプルなことをむずかしく言って煙に巻く
ような日本人体質は、
端から拒絶されたのかもしれません。
もうスパパパパン!!!と切っていくわけです。
それがなんとも心地よく
しかも分かりやすく腑に落ちます。
かと思えば、
嵐のあとの凪のように、
静かに慎重に論が展開されて息を呑むことも。
語り口の妙なのでしょう。
語り口といえば。
先夜、
二時ぐらいだったでしょうか。
(年のせいか、このごろたまに夜中、目が覚めます)
眼が冴え身じろぎもせず
闇に目を凝らしていたとき、
家人いきなりハッキリと「内容が分からん!」と言い切りました。
こんなハッキリとした寝言も珍しい。
どんな内容の夢だったのか、
朝、
目を覚ました家人に確認しても分からずじまい。
まったく内容が分からん! でした。
*
橋本照嵩『石巻かほく』紙上写真展
の三十三回目と三十四回目が掲載されました。
コチラとコチラです。

・星月夜理科の教室思い出づ  野衾

きのつらゆき

 

・秋の日のヰ゛オロンならずピアノかな

この歌をつくったのだれ?
きのつらゆき
え?
きのつらゆき
どの?
どのじゃなく、きのつらゆき
そのつらゆき?
きのつらゆき
ああ、あのつらゆき
いやちがう、きのつらゆき

男もすなる日記といふものを女もしてみむとて

きょうも?
きょうも、って?
きのうつらゆき、きょうもかと?
ああ、そういうことね、きのうじゃなくて、きのつらゆき
奈良へは?
は?
きの奈良ゆき、なんて
ははははは…
地獄極楽きの魔羅ゆき
ふふ
んなことないか
きのつらゆき
きのつらゆき

・一日を二句にまとめて機械閉づ  野衾

キュービック・シティ

 

・秋風や函を巡りて行き場なし

観音崎で遊んだ帰り、
何十年ぶり(大げさか)かで横須賀に立ち寄りました。
ん? この圧迫感はなんじゃいな

息苦しさを感じつつ
むかしの面影をたずねます
クルマは走り
ひとは歩き
公園に子どもは遊び
していますが
息苦しさは止まらない

わかった
わかったぞ
この街の建物の多くが巨大なサイコロで
骰子一擲!
ででんでん
ころがる先の端
無計画と無計画のあいだ
首を折り
垂直に空を眺めても
キューブの縁《へり》が視界に入り
町全体が監獄で
腰をふりふり
ジェイルハウス・ロック

ひとつだけ
ベンガルてふカレー屋に救われる
四十年やってるってさ
そうでしょ
そうでしょ
ジャーマン・エッグ・カレーてふ
プロレスの技
のようなるメニューを
わたしはここで覚えたのだ
以来
バカの一つ覚えのジャーマン・エッグ・カレー
ウインナーと目玉焼き
目玉焼きとウインナー
××ぬうちに
おさらばさらば

さらばさら

・波頭くるり砕けて鳴り果てり  野衾

観音崎再訪

 

・半島のおと秋めくや貝の殻

日曜日、
まるちゃん一家のクルマに乗せてもらい観音崎へ。
朝方までけっこう本降りでしたから、
どうなることかと心配しましたが、
待ち合わせの時刻の頃にはすっかり止み。
途中、
地元で人気ナンバーワンのお寿司屋さんへ。
待つこと十五分ほどでしたか。
来ました来ました!
やんややんや、
鯛やヒラメの舞い踊り。
いや。
踊りだしたいのはこちらのほうで。
さすが、
地元の人の舌は肥えている。
それから海へ。
向こうに見えるは千葉かいな。
堀口大學訳ジャン・コクトーの詩を口ずさんだり。
少しぐらいの気鬱なら、
ざぶんの音を浴び
身を浸しているうちに
少しは浮いてくるかもしれず。
それにしてもあのリズム、テンポ。
どんな音楽も叶いません。

・海鳥の秋すれすれに旋回す  野衾

十文字学園再訪

 

・新座まで雲行く秋を眺めたり

出版の打ち合わせのため、
埼玉県新座市にある十文字学園女子大学へ。
おととしの前期に講座をたのまれ
足しげく通いましたので、
ひさしぶりに訪ねるキャンパスは懐かしくもあり。
学長の横須賀先生とは、
わたしが高校教師をしていたときに
講師としてお招きして以来ですから、
すでに三十数年のつきあいになります。
立派な学長室で打ち合わせを終えるや、
「三浦さん、散歩しませんか」
「はい」
「今年の春にサッカー場が出来ましたから、散歩がてら見に行きましょう」
「はい」
学長と二人、
広々したキャンパスを歩き、
林を抜け新設なったサッカー場へ。
公式の広さゆえ、
オリンピック競技も可能なのだとか。
だれもいないサッカー場に風が吹いています。
四方の木々はざわざわと風に揺れ。
木々の間から武蔵野線の電車が見えます。
立ち止まり、歩きながら
ぽつぽつお話をされましたが、
とぎれてもとくに苦痛というわけでなく、
むしろ、
だまって歩いている二人をどこかからだれかが見ているような、
そんな気さえしてきます。
横須賀先生もひょっとしたら、
同じように感じておられたかもしれません。
夜は副学長も交え、
以前連れて行ってもらったことのある
うなぎ・割烹の島田屋さんへ。
おいしい料理、ふぐの鰭酒をいただきながらの、
林竹二、斎藤喜博、竹内敏晴と直に接したエピソードは、
わたしにとってまさに宝。
酒は程よく回っていましたが、
ひとつも聞き漏らすまいと楽しく緊張しておりました。
このごろよく感じますが、
ながくつきあって
初めて見えてくることが少なくありません。

・十文字プラスの庭の落ち葉かな  野衾

おとなりです。

 

・いわし雲吾に呼びたき心地せり

腹に据えかねることのあり、
むしゃくしゃしたまま家路につき、
くそったれえ、
気分転換をと、
駅近くスーパーマーケットに立ち寄りまして
菊水ふなぐち黄金缶三本を買い物籠に。
あと少々のつまみを。
レジに並んで籠を差し出し
鞄から財布を出して見上げると、
おねえさんの左胸の名札に
「おとなりです。」
ん!?
おとなりです?
はて?
とりあえず、
辺りをきょろきょろしてみました。
とくに隣がどうということもなさそう。
どいうこと?
隣のレジに居るおねえさんの名札を見ると、
「もりです。」
名札には、
あたりまえに名前が書いてあります。
あたりまえです。
名札なんですから。
ということは。
おとなり、という名前?
「あのー…」
「はい」
「つかぬことをうかがいますが、
おとなりというのは、
漢字でどう書きますか?」
おねえさん、
あわてず騒がず、しかもやさしく
「はい。甲乙の乙という字に平成の成の字を書きます」
「ああ、なるほど。乙に成で、おとなり…」
「はい。長崎の対馬地方に多い苗字です」
「そうですか。ご両親が対馬ご出身だとか?」
「はい」
おねえさんは心なしか微笑んでいます。
長崎の鐘は鳴り、
鐘は鳴り、
腹にあった腐敗性物質がようよう揮発し始め。
おとなりさんの乙は、
甲乙の乙でなく、
乙姫の乙でもあります。
いや。
乙姫の乙でなければなりません。

・夜に入り階《きざはし》一歩秋来る  野衾