感情のつかい方

 

とつぜんのことながら、
子どもの頃から、
喜怒哀楽の感情に振り回されてきたように思います。
生まれ性もあるし、
仕方のないことであると、
そのことについて
この頃は、
必要以上にふかく考えないようしています。
ところが、
ディルタイの『シュライアーマッハーの生涯 下』
(ディルタイ全集第10巻、法政大学出版局、2016年)
を読んでいましたら、
ディルタイは、
シュライアーマッハーを神学におけるカント
であるとして、
シュライアーマッハーが
人間の感情を積極的にとらえていたことを記しており、
目を見ひらきました。
感情の波におぼれずに
それを上手につかえたら、
どんなに人生がすばらしくなっただろう
とも思います。
今からでは遅いかもしれません。
が、
しかし、
シュライアーマッハーに
ますます興味が湧いてきました。

 

・口にすることにはあらず降誕祭  野衾

 

九時間寝ると

 

スッキリします。
高齢の方で、
日常的に昼寝をするひとがいてうらやましく思うことがありますが、
わたしは老人の仲間入りをしたばっかりなので、
昼寝を常態にするにはまだ若く、
たまに九時間眠ることぐらいが関の山。
きょうはクリスマス・イヴ。
いろいろ物思うきょうこのごろです。

 

・ラファエロを見て定まりぬクリスマス  野衾

 

空の養分

 

日曜の朝、テレビを点けたら、
『粘菌 脳のない天才』という番組をやっていました。
おもしろそうなので見ていたら、
やっぱりおもしろかった。
粘菌が迷路の出口までのルートを最短で見つけたり、
塩が粘菌にとって危険でないことを学習したり、
それを他の粘菌に伝えることができたりと
まるでSF映画のような世界。
ということで興味深く見たわけですが、
その番組の中でちょこっとだけ
粘菌以外の植物の生態についても触れる場面がありました。
そのときの説明によると、
植物の知能は根にあり、
人間でいえば、
それはちょうど
頭が土に埋まっている状態であるとして、
人形が土入りの鉢に逆さに挿されたオブジェが映し出されました。
それを見て、
あ、
これはどこかで見たことがあるぞ
とひらめき、
すぐに安藤昌益の『自然真営道』『統道真伝』を思い出した。
植物の根に知能があって
地中から養分を受け取っていることになぞらえれば、
人間の頭が体の上にあるのは、
地中でなく
空から養分を受け取るためではないか、
空を見ていろいろいろいろ思うのは、
そのこととなにか関係しているのではないか。
たとえば谷川俊太郎の詩「かなしみ」
の冒頭、

 

あの青い空の波の音が聞えるあたりに
何かとんでもないおとし物を
僕はしてきてしまつたらしい

 

などというのも、
人間が、
空に蒔かれた種から育ったことを
詩人の感性でうたっていて、
人間は
地上に立ってからも相変らず空から養分を受け取って生きている
のではないかと思いました。

 

・店主煙草を冬ざれの骨董店  野衾

 

矢の如し

 

十二月は日も時もほんとうに飛ぶよう。
Time flies like an arrow.
て、むかし覚えたけど、
まさに飛ぶ飛ぶ矢の如し。
なんだか急かされている気分なんだよなぁ
と思って街を見れば、
ここ保土ヶ谷でまず目につくのは箱根駅伝のポスター、
みんなで応援しよう、
みたいな感じの。
おせちのポスターとかチラシはもっと前から。
そしてこの頃は、
正月訪ねたい温泉場のポスター。
矢継ぎ早に先々の案内が賑わいます。
いまの「今」が置き去りにされているような、
へんな気も。

 

・ポスターに急かされてゐる師走かな  野衾

 

馬柵棒

 

万葉集の3096番

 

馬柵(うませ)越しに 麦食む駒の 罵(の)らゆれど なほし恋しく 思ひかねつも

 

訳は、

馬柵越しに麦を食む駒がどなり散らされるように、どんなに罵られても、
やはり恋しくて、思わずにいようとしても思わずにはいられない。

この馬柵について、
『萬葉集釋注』の伊藤博は、
「「馬柵(うませ)」は筆者の幼年時代、
「馬柵棒(ませぼう)」「馬柵棒(ませんぼう)」の名で、信州高遠地方に残っていた。」
(伊藤博『萬葉集釋注 六』集英社文庫、2005年、p.623)
と記している。
これを読み、
わがふるさとのことを思い出したので、
さっそく父に電話してきいてみた。
そうしたら、まったく同じ
「馬柵棒(ませぼう)」の名が父の口から発せられた。
アクセントが秋田風なことで、
はっきりと思い出した。
馬柵棒(ませぼう)はまた、
男子のズボンの小用を足す際に開ける口
についても用いられていたはず。
男子のアレもまた、
暴れ出さぬように柵をしておかねばならない
ということか。

 

・馬柵棒の外れて高し冬銀河  野衾

 

監督の感得

 

好評を博している映画『浜の記憶』の監督・大嶋拓さんが、
自身のブログに拙著『鰰 hadahada』の感想を書いてくださいました。
コチラです。
大嶋さんのお父さんは劇作家の青江舜二郎。
青江は秋田出身、
わたしの高校の先輩にあたる方であり、
忘れもしない、
有隣堂横浜ルミネ店で青江の本を手に取り、
秋田生まれでこんなひとがいたのかと
そのままレジに本を持っていったことがありました。
高校の先輩にあたる方と知ったのはもっと後だったと記憶しています。
また、
わたしのふるさと井川町出身で
のちに秋田魁新報社長、秋田市長をつとめた武塙祐吉(雅号は三山)
というひとがいましたが、
青江は三山の親しい友人であったことも。
大嶋さんのブログを拝見しながら、
いろいろな想念が浮かびました。
大嶋さんは、
ふだんあまり詩を読まない、
読まずにこれまで来たと記しておられます。
そういう大嶋さんが拙著を手に取り読んでくださったうえでの感想を再読三読し、
紙に印刷された文字とディスプレイ上の文字のちがい、
ことばというものが人間に対して、
とくに身体にとって、
どういう作用をするのものであるかを、
あらためて感じ考えさせられました。
『鰰 hadahada』の帯に、
「ことば以前の詩」と入れましたが、
「詩以前のことば」といっても同じだと感じているわたしにしてみれば、
拙著にこめた願いのようなものを深く
汲んでいただいたようでうれしくありがたかったです。

 

・はるけしや山家たつきの干大根  野衾

 

かもめ来よ、の句

 

俳人三橋敏雄(1920-2001)の句に以下のものがあります。

 

かもめ来よ天金の書をひらくたび

 

三橋の代表句といっていいかと思いますが、
遠山陽子著『評伝 三橋敏雄 したたかなダンディズム』(沖積舎、2012年)
を読んでいましたら、
昭和十六年、
三橋が二十歳のときに
すでにこの句はできていることが分かります。
俳句歴をかさねて得られた句であろう
と勝手に想像していましたが、
二十歳の青年がつくった俳句であったとは…。
ちょっと考えさせられます。

 

・二羽さきに三羽あとから寒雀  野衾