諸橋さんのエピソード

 

かつて山形県の講習会に出講した。会場はある山頂であったが、
会を終えて帰る時、
土地の人が乗馬を用意してくれた。
馬上ゆたかに四方の里を見おろす気分は格別であった。
山麓に近づくと村の子供が六、七人どやどやとかけ集まり、
路傍に整列して私に敬礼してくれた。
よほど素朴な土地がらであったのであろう。
ところがその中の一人、
六つか七つの児童だけは、何を考えたものか、
舌を出してあっかんべをしている。
明らかに私に対する反抗であり侮蔑(ぶべつ)であった。
しかるにその瞬間、
私はただその児童がかわゆくてかわゆくてたまらなかった。
馬から飛びおりて抱きあげたいような気持ちさえした。
話はただそれだけのことだが、
あとになってつくづく考えた。
相手をわが胸の中にとり容(い)れた時のみ感化は及ぶ。
「容(い)るれば乃ち公なり」
……
「善なるものは吾之を善とし、不善なるものも吾亦之を善とせん」。
もし自分が、いつもあの時のような気分になり得たら、
自分もいま少しはりっぱな教育者になれたであろうにと。
(諸橋轍次『誠は天の道』麗澤大学出版会、2002年、p.261)

 

わたしもかつて教師をしていた時期があり、
この文を読み、
いろいろ思うところがありました。
過去はどうすることもできませんが、
教訓として今日に明日に
つなげていくことはできるかもしれません。
諸橋さんは、
このエピソードをほかの所でも語っていますから、
よほど印象に残ったのでしょう。
書き下しの引用文は『老子』にでてくる言葉。

 

・早蕨をたずねフの字の老婦かな  野衾

 

博論の書籍化について

 

1999年10月1日の創業以来、
約800点の書籍を刊行してまいりましたが、
一部の一般書を除き、
ほとんどが学術書です。
そのなかには、博士論文を書籍化したものも相当数ふくまれます。
ここ数年の体験からですが、
博論の書籍化にあたり、
担当編集者としてひとつ気づいたことがありました。
それは、
論文のジャンル、テーマはいろいろでも、
なんどか精読しているうちに、
著者がどうしてそのテーマを選び研究しようとしたのか、
ひょっとしたら、
本人も気づかないことがあるのではないか。
それが行間から見えてくるような、
そんな気がしました。
たとえていえば、
テーマを追いかける言説、論考の底に、
著者の声が眠っていると。
その声が聞こえてくるような気がしたのです。
これは面白い!
文章を通じて、
著者のこころの奥に住む、いわば子どもの魂と対話する、
そんな世界が見えてきたようにも感じます。
そういう感慨をふくめ、
このたび、
「無限の声を」というタイトルでポスターを作りました。
コチラです。

 

・春晝に東圃草除(と)る農婦かな  野衾

 

永田耕衣俳句集成

 

何年か前に買ってあって、
ぽつぽつちりちり読み進めていましたが、
この連休、思い立って一気に最後まで。
とは言い条、
根源俳句とか言われてもあまりピンと来ず、
「夢の世に葱を作りて寂しさよ」
をはじめ、
三つ四つ、五つ六つぐらいは、好きな句もありましたが、
それぐらいで。
それよりも、
巻末の、
自筆の年譜がめっぽう面白く、
たとえば、

 

昭和53年(79歳)8月31日、
早朝狭庭隅で野猫のウンコを踵で踏む惨事あり。臭気これに如くもの無し。
幼児生家の畑にて手掴みしたるよりはマシか。

 

とか、

 

昭和54年(80歳)1月12日、
黒赤色めく自糞におどろき、ユキヱと千恵子に見て貰ったが異常色に非ずという。安心。

 

ユキヱというのは奥さんで、千恵子は、同居していた長男の妻。
また、
知っている名前が多く登場し、
その点でも面白かった。
森信三、飯島耕一の名前がでてきたり、
宇多喜代子から手作りのゴマ豆腐を贈られたり。

 

・あけぼのの湖を霞の罩むるかな  野衾

 

アリストテレス

 

ステイホームということなので、
この間、古代ギリシアを訪ねていました。
なんて。
アリストテレスの『政治学』の最後の方に教育に関する記述がありまして、
そこを読んでいたら、
不思議な感覚にとらわれました。
2300年以上前に書かれた書物であり、
日本語に翻訳された言葉をとおして読むわけですが、
小学校に入ったころの気分がありありと
蘇りました。
国語、算数、理科、社会、体育、図工、音楽、…
このひとがせんせー、
学校って、
こういうことをするところなんだ、
なんのため?
なんでこういうふうに分かれているんだろ?
めんどうくさいな、
でもなんだかおもしろそう、
漠然とそんな気分に浸っていた気がします。
いちばんは、
なんといっても体育だったけど。
ボヨヨンの、小武海せんせいのあのお腹…
アリストテレスを読んでいると、
落ち着いた静かな語り口で、
勉強するのは、
幸福になるためなんだよと諭されている気になります。
幸福になりたいでしょ、と。
*
弊社は、本日より営業いたします。
よろしくお願い申し上げます。

 

・もう少しそこにいてくれ春の鳥  野衾

 

コロナ後

 

先日たまたま見たテレビ番組で、
ある経済学者と哲学者が、
コロナ前・コロナ後ということばを使っていて、
考えさせられました。
利潤追求のために効率性を優先させる考え方は、
予測不能のことが生じた場合
非常にもろく、
対応が後手後手に回ってしまう、
そのことが今回証明されたと。
利潤追求でない考え方を社会的に取り込んでおくことがいかに重要か。
またドイツの哲学者は、
中国を引き合いに出しつつ、
マルクスの思想は今も生きているとコメント。
マルクスときけば、
学校の教科書でならったぐらいにしか思わないけれど、
そんなことではどうやらないらしい。
マルクスのまえには例えばヘーゲルが、
カントがいて、
アリストテレスにまで直結している。
ほかの動物でない人間がつくりだす社会を考える際、
また、ほかの生物との共生を考える場合でも、
哲学・思想を無視するわけにはいかない。
コロナ後の世界の在り方について、
それぞれが構想するために、
いまこそ先人の知恵に学ぶ必要がありそうです。
*
弊社は、明日29日(水)より5月6日(水)まで休業とさせていただきます。
5月7日(木)から通常営業。
よろしくお願い申し上げます。

 

・とくとくの家郷の水や春の山  野衾

 

床屋に行くのは?

 

二週に一度のペースで頭を刈ってもらいに行きますが、
きのう、
散歩がてらいつもの床屋へ。
椅子に座ってから「はい。お疲れさまでした」まで、
一言も発しないこともありながら、
きのうは違っていました。
案にたがわず、
売り上げが落ちているようで、
問わず語りに融資申し込みの話をしていました。
床屋に行って頭を刈るという行為、
どうしても必要かと訊かれれば、
そんなこともないような。
たとえばわたしの場合、
短い髪の毛が伸びてきて耳にかかるのがうっとうしくて、
二週に一度のペースで床屋に足を運ぶものの、
少し我慢すれば、
二週に一度のところを三週に一度、
ひと月に一度にすることも
できないわけではありません。
そんなふうにみなさん考えているのでしょうか。
子どもなんかの場合、
家族に刈ってもらうこともありそうだし。
いずれにしても、
弊社のことを例に考えても、
商売をしている人はどこも大変。

 

・うららかや虻の羽音を友となし  野衾

 

不要不急の味

 

急ぐ必要のない、という意味の「不要不急」ですが、
先だって、NHKのニュース番組で、
たしか
「不要不急の場合をのぞく外出は控えるように」
みたいなことを言って、
あれ!?
てことは、
二重否定だから、
どうでもよくはない外出=緊急の外出
ってことになるのでは?
と思っていたら、
「さきほど「不要不急」の使い方が間違っていました。ただしくは~」
って訂正していました。
それはともかく。
弊社では三紙をとっていますが、
内館牧子さんと養老孟司さんが別々の新聞で、
同趣旨のコメントを開陳していました。
内館さんいわく、
「この状況下、人間の生活を豊かにする行動の多くは不要不急であることに気づいた」
養老さんいわく、
「いま起きていることを頭で考えるのではなく、体で感じてほしい。
芸術や文化が、どれほど生活する上で大切なものか」
弊社のなりわいとも関連しますが、
人文系の学問は、
文化と芸術に資するものであり、
役に立つ、立たない、のモノサシだけでは測れません。
四歳から知っている近所のりなちゃんは、
今月から大学生ですが、
小さいころから
「特別感」ということばをよく口にしていました。
このことばもこの時期噛みしめています。
不要不急と特別感。
内館さんは記事の最後に、
こう記しています。
「来年になっても再来年になっても今の暮らしが続くなら、何のための人生か」
と。
記事の見出しは「今は家にいよう」

 

・ふるさとの俯く影に初音かな  野衾