目薬

 

・見上げては恨めし顔の残暑かな

編集者は目を酷使する仕事なので、
目薬を点すことが多いのですが、
目によくても、
頻繁につかっていると、
目の縁が痒くなることがあり困っていたら、
薬局のおばさんがあるモノを薦めてくれました。
佐賀製薬株式会社の新黄珠目薬。
新となっていますから、
新のつかない時代があったのかもしれません。
グーグルで検索すると、
名前のとおり、
佐賀県にある老舗の製薬会社でした。
目薬は、
つかっているうちに、
点すのを忘れたり、
効き目が感じられずいつの間にか
引き出しの隅に追いやられたりしがちですが、
新黄珠目薬は、
ご覧のとおり、
最後までつかいきりました。
ノートを最後までつかったような、
爽やかな気分です。
今日、
忘れずに買ってこなければなりません。

・仰向けのいのちふるはすアブラゼミ  野衾

同期会

 

・夏暁や山でなくてもご来光

お盆で帰省した折、
中学時代の同期会に参加しました。
日どりがよくなかったのか、
参加者は十数名と少なかったのですが、
その分、
静かにゆっくり話することができました。
一人、
開始時刻に現れず、
乾杯のタイミングを狙いすましたかのように登場し、
みんなに冷やかされた者がいました。
ちょうどわたしの隣りでしたから、
久しぶりに近況を聞きました。
高校卒業後、
地元の工場で働いているそうですが、
十数年前から、
奥さんの影響もあって、
ひまを見つけては山に登るようになり、
四年前からは山のボランティアにも参加し、
清掃をしたり、植生を調べたり、
いろいろやっているとのことでした。
中学時代の彼の姿と
山登りが好きという彼の姿が、
目の前に居るのに、
なかなか重なりません。
でも、
本人が言うのですから、
きっとそうなのでしょう。
開始時刻に遅れたのは、
孫にビニールプールを出して遊ばせようとしたら、
破れていて使い物にならず、
急いで買いに走り、
膨らませたり
水を張ったりしているうちに
遅れてしまったそうです。

・部屋に居て鼻血噴きたる残暑かな  野衾

中村玉緒さん

 

・振り向けばあと何回の残暑かな

家人の姪っ子が出演する
ヴァイオリン発表会を聴きにいっての帰り、
名古屋駅のホームで中村玉緒さんを見ました。
同行の人とふつうに列車を待っていました。
さんまのからくりTVのイメージがありますから、
だははははと笑うのかと期待しましたが、
笑いませんでした。
姿勢がスッとしていて、
さすが時代劇によくでる方だなと思いました。
名古屋駅発十八時三〇分、
十九時五四分新横浜駅着。
定刻どおり。
岩波文庫『オデュッセイア』上巻がもうすぐ終りそう。

・シベリアの匂ひ伝へよ秋の風  野衾

朝のたのしみ

 

・墓参りお供え狙ふ鴉かな

朝、
桜木町駅から会社まで
徒歩で十分ほどの距離ですが、
これまではだいたい三つのコースを
そのときの気分で択んできました。
同じ路だと飽きますから。
イシバシに教えてもらい、
このごろ第四のコースができ、
朝も退社後もその路を歩いています。
『江戸の想像力』の田中優子さんも通ったという
本町小学校の正門を通り過ぎ、
いま「ホテル テラス横浜」、
むかし「三愛ホテル」へ向かうところで左折。
小学校の横に古びた階段がありますが、
風情があってなかなかです。
夏休み中のこととはいえ、
この暑いさなか、
子どもたちがグラウンドで
サッカーの練習をしていたり、
数人でゴールめがけてボールを蹴ったり。
そんな姿を横目で見つつ、
途中一度右に大きく折れる階段を
上まで登りきります。
と、
いかにもネカチモ(金持ち)な
グランドメゾンの横を通って県立図書館前の路へ。
今度弊社に来られる方は、
一度このコースを歩かれてみてはいかがでしょう。
階段を上りきったら、
回れ右して景色を眺めてみてください。

・三歳(みつ)の子の浴衣の裾の短かり  野衾

盆踊り

 

・腰痛き母は留守番墓参り

大雨のため、
甲子園の高校野球が一日順延しましたが、
ふるさとの小さな町内の盆踊りも一日延びて、
十四日に行われました。
齢のいった人たちは、
名前は忘れても、
顔を見れば、
どこのだれと分かりますが、
若い人、カップルはさっぱりで、
ちがった町に迷い込んだかのごとくです。
ひとり、
このごろ近くに引っ越してきた若い母親が、
手振りよろしくしなしなと踊っています。
前をあるく踊り手を真似るたどたどしさが
露ほどもありません。
盆踊りとは、
こういう踊りなのかと納得。
つい見とれてしまいました。
小さい子どもは夜の集まりがめっぽう楽しいらしく、
くるくると走り回っています。
休憩を挟んでの花火もまた楽しく。
今月八十一歳の誕生日を迎える父は、
昨年と同様、
ねじり鉢巻をして太鼓を叩きました。

・盆踊り酔ひの腰つき妖しかり  野衾

十三年目

 

・秋立つやトラックの音遠ざかる

一九九九年の十月に創業し、
世紀をまたいでこつこつと
本をつくってきましたが、
今年はとくに、
小さいながら会社を経営していく
ことの難しさを多方面から、
またそのことを通して
今の時代の特徴をまざまざと
見せつけられた年になりました。
わたしも顔にでやすいたちですが、
その場合、
言葉は本心をあらわすよりも、
隠すためにつかわれることが多い。
本心は隠れますが、
発した言葉の語尾にあらわれます。
語尾が逆立ちしている言葉に多く出遭いました。
語尾が逆立ちすると眼窩の目がおよぐ。
身の程をわきまえず、
おのれの不出来を棚に上げ、
揚げ足取りに汲々とし、
教育力の低下している時代、
であればこそ、
具体的な仕事を通して体の上と下をつなぎ、
今どき流行らない魂と魄を育て
みがくような教育力を
会社が持たなければならないと
つくづく感じます。

写真は、ひかりちゃん提供。

あす十一日から十五日まで、
弊社はお盆休みとさせていただきます。

・気を抜きて外出てみたら残暑かな  野衾

半ズボン

・半ズボン呆けてゐたり雲の峰

とんと穿かなくなりました。
子どもの頃は、
よく穿いていました。
海水浴。出戸浜。ビーチボール。迷子。
そんな連想と共に半ズボンはあります。
叔父さんに連れられて行ったのに、
置いてきぼりを食い、
浜辺をさまよっていた。
そこで待っていなさい
と言われただけかもしれないけれど、
そうとうながく感じた。
三十分、一時間、それ以上。
分かりません。
忘れてしまいました。
写真があったはずですが。
なぜ弟が写っていないのか不思議です。
いずれにしても、
砂の熱さと
意地悪な眩しさが体に染み付きました。

・手を挙げて麦藁帽子脱ぎにけり  野衾