車中

 

・日に一度下がり秋とはなりにけり

「失礼ですが、
ずっとおしゃべりしているつもりですか?」
「え?」
「さっきからおしゃべりに夢中なようですが」
「あら、ごめんなさい。
うるさかったかしら」
「本を読んでいなければ気にならないと思いますが、
あいにく本を読んでいるものですから」
「あら、ごめんなさい。
気づかなかったものですから。
この方、本を読んでいらっしゃって、
わたしたちの話がうるさいようですよ」
「……」
「ええ。そうそう。
でも、悪くない? そりゃそうだけど」
「いえ。くだらないおしゃべりをどうぞつづけてください。
わたしは向こうへ行きますから」
そんなふうな会話を想像するも、
実際には出来もせず、
わたしは
いかにも次の駅で降りるタイミングで
黙って席を立ち、
車輌の端っこのドアの側へ移動し、
窓の外を見遣り、
加藤楸邨の俳句を思い浮かべ、
それからおもむろに
文庫本に目を落として、
おばさんたちの会話に邪魔され
頭に入らなかったところから読み返しました。

『突撃! よこはま村の100人 自転車記者が行く』
の紹介が河北新報に掲載されました。
コチラです。

・鰯雲勉学思ふ季(とき)もあり  野衾

歯医者

 

・吾もまた月見て過ごす人となり

「あ」
「……」
「あ。あ」
「……」
「あ。あ。あ」
「……」
「あ。あ。あ。あっあっあっ!」
「すこし我慢してください」
我慢が足りないようでした。
左下奥の金属を被せていた歯が疼き、
金属を外したら、
どうも歯の根がイカレていたようで、
週に一度、
根の治療に通っています。
歯の根に細い細いドリルのようなものを突き刺し、
化膿したウミを掻き出して、
それから薬を投入します。たぶん。
奥歯ですから、
四つの穴を開け、
(奥歯のイラストを想像してみてください)
化膿をふせぎ、
きれいにするための細かな作業が
グリグリ、グリグリとつづきます。
やがて舌が乾き、
感覚が麻痺し、
他人の舌みたいになり、
ずっと回転してだれも取らない回転寿司の
皿の上のマグロの状態を呈してきます。
わたしは口を開いているし、
先生は、
いま何をしているかなんて
実況放送してくれませんから、
限られた情報から
おそらく
こんな感じのことをしているのだろうと、
想像するしかありません。
お付きの看護婦、
じゃなかった
歯科衛生士だか歯科技工士に、
「ブローチ四つ」と先生おっしゃったから、
ははあ、
穴は四つあるのだなと判断したわけです。
お灸の熱さで音を上げることはなく、
鍼灸の先生に
めっぽう褒められるのですが、
歯の痛みには極めて敏感で、
コオロギのように
ひ弱な声を上げずにいられません。

・首曲げて体育館の上の月  野衾

警察に捕まる

 

・蔵王の峰の土も香るや秋日和

『ファーブル昆虫記』を読んでいて、
一瞬「え!?」となりました。
ファーブルさん、
ある日、
砂の上に腹ばいになり、
ハナダカバチの観察に心を奪われていたら、
「警察の者だ。俺と一緒に来るんだ」
と鋭く声をかけられたそうです。
山林を監視する巡査で、
夏の盛りに
外でぼーっとしているファーブルさんを
不審者だとでも勘違いしたのでしょう。
立派な大人は、
虫になど心を奪われません。
結局、
「俺は君から眼を離さんからな」
と捨てぜりふを吐き
巡査は去っていきました。
どうも、
ファーブルさんが襟につけていた
レジョン・ド・ヌール勲章の
赤いリボンが功を奏したようです。
大人は勲章に弱い。

・業終へて階段つるべ落としかな  野衾

ファーブル昆虫記

 

・山ふたり別れてまたも山ふたり

電車内で読む本というのを決めていて、
それを他では読みません。
先日『オデュッセイア』が終りましたので、
つぎは『ファーブル昆虫記』。
小学生以来ですから、
四十数年ぶりの再読ということになります。
小学生のときは、
もちろん子ども向けの本で読みました。
学校で習う教科書以外に
たったひとつ、
図書室から借りて読んだのがこの本でした。
どこの出版社の本だったのか、
そんなことは眼中にありませんでしたから、
まったく覚えていません。
子どもは、
とくに男の子は昆虫が大好きです。
いまもきっとそうでしょう。
ファーブルは、
けして生活にめぐまれていたわけではありませんが、
九十二歳で亡くなるまで
好きな昆虫の世界に遊ぶことができたのですから、
すばらしい人生だったといえるでしょう。
ふたたびこの世に生まれ変わっても
昆虫の研究に没頭したいと言っていたそうです。
それだけ昆虫の世界が
汲めども尽きぬ魅力があったということでしょう。
進化論のダーウィンが
ファーブルの研究を褒め称え、
手紙まで送っていたとは知りませんでした。
またダーウィンのおじいさんも博物学者で、
哲学者で、詩人だったそうです。
おじいさんから孫へと伝えられ、
進化論も進化したのでしょうか。
ともかく、
やっと涼しくなりましたから、
虫の声に耳を澄ませながら、
ファーブルと昆虫記の世界に浸りたいと思います。

・空ちかく行きし蔵王の秋の風  野衾

追悼工藤正三先生

 

・霧くぐり足下数へ立石寺

今年の社員旅行は山寺と蔵王。
昨年は台風の影響で新幹線が運休し、
行こうとして行けず、
やっと念願かない登ってきました。
山形といえば工藤正三先生です。
行く先々で供される漬物をいただくたびに、
先生のことを思い出しました。
京都の漬物も美味しいですが、
山形の漬物も美味しい。
茄子の漬物ぺそら漬けなんて、
辛さとともに先生の口吻までなつかしく聞こえてきます。
「どだ? んめが?」
「はい、おいしいです」
「そが。んだが。ふぉっふぉっふぉっふぉっ…」
人は死んで、
この世に居なくなりますが、
居なくなっただけで、
無くなったわけではありません。
古い書物を読むたびにそう思いますし、
何よりも、
自分の体と心が無理なくそう感じます。
そのことをむしろ大事にしたい。
百年や二百年で感じ方、考え方、
文化はそうそう変わらないのでしょう。
工藤先生のご冥福を祈りながらの旅でした。

・山寺を下りて見上げる霧深し  野衾

目黒祐樹

 

・明日はもう秋分の日だぞ空

松方弘樹の弟。俳優。
その目黒祐樹が夢に出てきました。
とくべつ好きなわけでも
嫌いなわけでもありません。
ごくふつうに、
眉毛の異様に濃い俳優
として認知しているだけです。
目黒祐樹が夢の中で、
井上陽水の歌を歌っていました。
なぜ陽水の歌なのかはわかりません。
また、
目黒祐樹は
陽水の歌をふだん歌わないのではないかと、
夢の中のわたしは思いました。
なぜなら、
歌詞にでてくる「だはははは」を、
(実際には陽水の歌にそんな歌詞はありません―筆者注)
目黒祐樹は「だわわわわ」と発声したからです。
これは、
「こんにちは」と書いてあっても、
「こんにちわ」と読むようなものです。
目黒祐樹の勘違いです。
わたしは隣に座っている人と顔を見合わせ、
文字通り「だはははは」と笑いました。

・祖母行きし立石寺へ今日旅す  野衾

めんどうくさい

 

・稲刈りを告ぐる八十一の父

イシバシと電車に乗ってトコトコと、
東洋英和女学院大学まで行ってきました。
JR横浜線十日市場駅下車(の予定)。
大学ちかくの停留所へバスで向かうのがふつうですが、
電車内でしゃべくっているうちに、
三駅乗り過ごし、
また戻ったりしているうちに時が過ぎ、
バスで向かうにはギリギリなので、
タクシーを駆って大学へ。
そうしたら、
今度は約束の時刻より
十五分ほど早く着きすぎて、
ふたり、
大学構内のベンチに座りました。
緑が多く、
自然にめぐまれているせいか、
けっこう蚊がいます。
機敏なわたしは、
あっという間に三匹殺しました。
血なんか吸わせません。
ふと見ると、
ベンチに腰掛けているイシバシの、
左足首に蚊が張り付いています。
間髪いれずに、
イシバシの足であることも忘れ、
バシッと、
イシバシなだけにバシッと、
はたいて潰しました。
そうとう血を吸ったらしく、
肌色のストッキングに
半径五ミリほどの真紅のシミができています。
イシバシ、
もぞもぞと動き出し、
ティッシュに唾をつけたりして、
身を屈め、
血と蚊を拭き取っています。
呆れたわたしは「あなた、痒くないの?」
「痒いなあと思った…」とイシバシ。
「痒いなあと思ったって。だったら潰せばいいじゃない」
「めんどうくさい」
「は?」
「めんどうくさい」
「何が?」
「蚊を潰すのが」
「だって痒いでしょ」
「痒い」
会話はそれ以上発展しませんでした。
そろそろ約束の時刻になったので、
正面玄関へ向かいました。

・水溜まりに秋の空がうつっている  野衾

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