花火

 

・景気づけ出血ドドンの花火かな

神奈川新聞社主催の花火大会が、
盛大に行われました。
これでもか、これでもかと、
だんだん高く、だんだん大きく。
ベランダ越し、
ランドマークタワーの左手に上がります。
おーで、へーで、おっで、はー。
意味はなく。
ただため息がでます。
花火を見ているのか、
花火に見られているのか、
とんと怪しい。
現実に生きている人よりも、
好きな本の著者のほうが、
ずっと身近に感じる日もあります。
「屈託したとき、
他人を傷つけたような気がしてならないとき、
だれかのことばが針のように刺さっているとき、
あるいは自分の小心さがいやになるとき、
気がつくと『鶴』をとり出している。」
池内紀さんのエッセイ集『海山のあいだ』(中公文庫)
にある言葉です。
『鶴』は長谷川四郎の小説。
池内さんの言葉に導かれるようにして、
『鶴』を読みました。
アルセーニエフ『デルスウ・ウザーラ』
を訳した人の書いた小説だなと
合点がいきました。
『デルスウ・ウザーラ』は黒澤明監督が映画にしました。
こちらも素晴らしい。
映画タイトルは「デルス・ウザーラ」

・つぎつぎと音は微かの花火かな  野衾