正しさは

 

 眩しさに惹かれ冬野に迷ひ込む

十二月もあと十日。
だんだん寒くなります。
ときどきボーとして、ハッとします。
寒いのは苦手(暑いのも)ですが、
ヒートテックも身に着けていますが、
寒くなればなるほど、
変な話、
正しくなっていく気がします。
後戻りできないところまで来て、
ふだん考えもしないし、
感じることさえないのですが、
寒さが正しさを、
正しき途をおしえてくれるようです。
たとえば、
新雪を踏み固め、
踏み固め踏み固めしてつくった回り道を行きつ戻りつ、
汗を掻いてそのまま体ごと雪野に倒れ込み、
友のことを忘れ、
母のことを忘れ、
ぼんやり空を眺めていた。
正しさは、そこへ向かっているのです。

 瞑目の裏に人無し枯野かな

仕事ならともかく

 

 受話器置き雪しんしんと積もりけり

先週十五日、十七日と渋谷に行ってきました。
十五日は大嶋拓監督の「火星のわが家」の上映とトークイベント。
十七日は矢萩多聞さんプロデュースの
パキスタンTVショー「Coke Studio」の上映とトークイベント。
ジーンとなったり、しみじみしたり、
また、腹を抱えて笑ったりもし、
大いに楽しませてもらいましたが、
イベントの前と後がどうもいけません。
あの若者たちの雑踏でめまいがしてきます。
副詞「ともかく」の例文として、
「仕事ならともかく、渋谷へはめったに行かない」とあったのは、
三省堂の『新明解国語辞典』だったでしょうか。
二日渋谷に行ってみて、
ますます行かなくなるなと思いました。

写真は、なるちゃん提供。

 テムジンの旅や遥かの冬銀河

迎え、送りだす

 

 この世超へ火星のわが家に着きにけり

刊行なったばかりの
『横浜の時を旅する ホテル ニューグランドの魔法』
をホテル ニューグランドに届けてきました。
広報室支配人の和田聖心(せいこ)さんのご案内により、
原範行会長、野村弘光常務をはじめ、
数名の方とお会いすることができました。
本を手にとってくださり、表紙を撫で、
ページをめくる指の運びに、
関東大震災からの復興を祈念し建てられたホテルの
時が重なる気がしました。
本の帯にある「横浜ミステリーツアー」を
しっとりと体験した瞬間でもありました。
本館一階にあるイタリアンレストラン
「イル・ジャルディーノ」の伊藤洋光シェフが、
この本を、
ふるさとにおられるお母様に届けたいとおっしゃった
言葉も忘れられません。
お客様を迎え、送りだすことにおいて、
本づくりも同じと思いました。

 四苦八苦置きて鶴湯に浸かりたし

『横浜の時~』本日発売!

 

 牡蠣鍋や一年の憂さ晴らしけり

横浜在住の作家・山崎洋子さんの
『横浜の時を旅する ホテル ニューグランドの魔法』
が本日発売です。税込1680円。
発売前の昨日、
朝日新聞神奈川版に紹介記事が掲載されました。
コレです。
矢萩多聞さんから提示された装丁のラフ案を社員一同で見、
「せーの」で一斉に指差したところ、
圧倒的に票が集まったものを
著者の山崎さんも気に入ってくださり、
それが本の顔になりました。
この本を持ちながら、
横浜を散策してみませんか?
いままでとちがった横浜が見えてくるかもしれません。
今月21日、
ツブヤ大学にゲストとして山崎さんをお招きし、
この本の魅力、
執筆の裏話などをうかがう予定です。
トーク終了後に本の販売、サイン会も予定しています。
お近くの方はどうぞ。
先着20名ほどですので、
お申し込みはお早めに。
(上記ツブヤ大学のサイトをご覧ください)
トークの模様は、
ユーストリームを通じて同時放送されます。
また後日、ヨコハマ経済新聞に特集記事としても掲載。

 災厄を忘れられずの忘年会

全品半額!

 

 打ち合わす工事現場の寒さかな

いや、春風社の本じゃなく。
伊勢佐木書林さんで販売している古書が。
今月十八日で店じまいをするそうです。
昼食後、行ってきました。
これからは、
インターネットをつかって売っていくと。
ツブヤ大学のゲストとして、
来年一月お招きしたい旨をあらためて申し伝え、
奥様を交え店主の飯田さんと話していたら、
少し腰の曲がった女性がカウンター上に本を置きました。
遠藤周作の『沈黙』。
百円玉を手渡し、
「本当にこれでいいの?」
「はい。ありがとうございます」と奥様。
女性は、袋に入れたもらった本と
お釣りを持って店を出て行きました。
わたしが店にいる間、
数名の方が本を買っていかれました。
店のあちこちに「全品半額」の札が貼ってあります。
お近くの方、いかがですか。

 物言へば胸に棘あり冬の月

憑き物

 

 寝床にて雪の音きく帰郷かな

九年越しの原稿を手放したら、
憑き物が落ちたように体がスーッと軽くなり、
なんだこれはー! と我ながら驚いたりはしゃいだり。
隙間時間を見つけて読み返しながら、
納得できず考えあぐね、
書き直し書き直ししてきた原稿から、
ようやく解放されました。
数日、体調がすこぶる宜しい。
師匠である故・安原顯さんと出会ったころから、
文字を書こうとするといつも引かれていく場所。
そこを超えられず無駄に時を費やしてきた気もします。
無駄でなかった気もします。
そのときどきに一所懸命、
まただらしなく、
不貞寝したりしてやり過ごしてきた時が我が身を離さず、
後から後から随いてきて、
落とし前を求めてくる。
逃げるわけにもいきません。
書くことで考え、
推敲することで確認することがいくつかありました。
これで、いい正月が迎えられそうです。
なんちゃって(古)

 ふるさとでラーメンを待つ友の顔

困ってるひと

 

 億千の無音の音や冬の朝

元社員で、
今は独立して編集者・装丁家の道を歩んでいる
長田年伸さんから薦められ、
さっそくアマゾンで購入。
大野更紗『困ってるひと』(ポプラ社、税込1470円)
先週金曜日に届き、
箱を開けて本を取り出していたら、
営業の大木さんがそれを見、
「あ。その本わたしも読みました」
「そう。おもしろかった?」
「はい。おもしろかったです」
というわけで、
きのうさっそく読み始めました。
我らが中島岳志さんも朝日新聞で書評していたではありませんか。
(忘れとりました。ゴメンナサイ!)
原因不明の難病を発症し、
考えられない痛みと苦しみに苛まれながら、
陰陰滅滅に陥らず、
自身の置かれた状況をクリアに把握し、
読者サービスを忘れることなく面白く読ませるという、
アクロバット的な書きっぷりにまず驚きます。
天晴れ! です。
それにしても、
この難病の壮絶なること想像を絶します。
細胞検査のため、
麻酔なしで手術し筋肉を抉り取るって、
そんな手術あるの?
痛そうで考えられません。
つくづく頭のいい人なんだろうなあと思いました。
文章について自己規制がきびしく、
深刻になりそうになると自らツッコミを入れ、
けっして酔わず、溺れず、歌わず、
スマートに軽快にバランスをとっていきます。
つい先を読みたくなります。
応援したくなります。
痛みと苦痛の入院先で、思わぬ出会いもあります。
二二三ページ、ウッと泣きそうになりました。
家人がいなければ間違いなく泣いていたでしょう。
壮絶な闘病記なのに、笑いあり感動の涙あり。
そして教えられることいっぱいの、
すばらしい本でした。

 雪積もり雪積もりして青さかな