父の仕事ぶり

 最近の農家は、所有する田んぼを手放さず、作業を請け負いで依頼することが多くなっているようだ。父は齢七十を過ぎているが、自分の田んぼだけでなく、頼まれれば機械を使い、出掛けて行ってそれぞれの作業をこなす。もちろん無償というわけではない。一つの仕事がいくらいくらと、だいたい相場が決まっているらしい。父の仕事はていねいで通り、近所で評判になっている。
 ゴールデン・ウィークに帰省した折、集まった親戚のものたちとテーブルを囲み団欒していたときだ。背の高い男性が訪ねてきて、父が応対に出た。「そんなことしてくれなくてもいいのに…」という父の言葉が聞こえる。客が帰った後、戻ってきた父が見せてくれたものは結構な数の魚だった。
 支払いはとっくに済んでいるのに、世話になっているというのでわざわざ持ってきてくれたそうだ。興味がわいたので、父にどんな仕事ぶりなのか尋ねてみた。
 父は例をあげて説明してくれた。
 言わずもがなのことながら、ほとんどの田んぼの形は四角い。四角い田んぼに機械を入れて作業するときに難しいのは四つの角。自動車と同じで農業機械も直角には曲がれない。だから、ほとんどの請け負い人のする仕事は角が残る。角が残ることは頼むほうも頼まれるほうも了解しているから、その仕事に対する料金は変わらない。ところが父の場合、少し違う。前方に向かい機械を運転している限り、角はどうしても残る。そこで父は一計を案じ、角を曲がった後、今度は機械を角のギリギリまでバックさせ、残った角の部分が極力少なくなるように配慮する。土に対して働きかける器具は機械の後ろに付いていることがほとんどだから、そうすることによって、仕事を依頼した側が手作業でしなければならない範囲がほんの少し残るだけになる。仕事は依頼しても、元々は農業を知っている者たちだから、父がどんな仕事ぶりをするのかは一目瞭然。いただいた魚が何の種類だったか忘れてしまったが、そういう意味のある魚だった。

約晴れ

 こんなに曇りと小雨の日が続くと気持ちまでぐずついてくる。そこで一計を案じ、今日みたいに曇り空で、お日様を拝むことはできなくても、どんよりしていない明るい曇りの日は、天気予報のマークはどうでも約晴れということに勝手にする。
 だからどうということもないが、ウィークデーは基本的に晴れの日が続き、休日などに曇って小雨がぱらつくみたいなのがいいわけだから(だれが決めたの)、なるべくならお天道様の顔を拝まして欲しいと思うのだ。
 木々も季節を感じ、緑の葉の間から黄緑の若葉が顔をのぞかせている。自宅近くの坂の途中には、紅く色づくのが先でそれから緑色に変色する葉もある。きれいに刈り込んだ垣根で、あれはなんという木なのだろう。

山菜

 横浜で秋田の山菜を食べられるとは思わなかった。帰宅途中によく立ち寄る小料理千成のオヤジさんが、わたしが秋田出身であることを知っていて、市場にほんの少量出ていたのを見つけ、仕入れてきてくれたのだ。シドケというこの山菜、地元では春の山菜の王様ということになっている。アイノコという山菜もあり、これが一番と思っていたのだが、親に確認したところ、シドケが一番だと教えられた。味と稀少性によるものだろうが、ともかく、おひたしにして花鰹を少々振りかけ、醤油を数滴垂らすだけで山の幸を堪能できる。少し苦味のあるところが山菜ならでは。

お日様

 こんなに曇りや雨の日が続くと、太陽などという殺風景な呼び名ではとても呼べなくなってしまう。沖縄では昨日梅雨入り宣言が出た。冬が終わって桜が咲き、待ちに待ったゴールデン・ウィーク、梅雨までしばらく新緑を楽しめるかと思っていたら、うかうかしていられなくなった。今週も、明日からはまた雲と傘マークのオンパレードで、お日様が拝めるうちに洗濯やら布団干しやら忙しい。
 朝、目が覚め、カーテン越しに久しぶりに日が差していたので、ガバと起きだし、カーテンというカーテンをすべて開け放ち、お日様を部屋に迎え入れた。

ヒート

 家に帰ってテレビをつけたら『ヒート』をやっていた。強盗団のボス役がロバート・デ・ニーロ、追いかける刑事役がアル・パチーノ。豪華二大スター競演ということで、かつて面白く観た映画。
 いつもならゴロリと横になりバラエティー番組を呆けて見るところ、ついついチャンネルを変えてしまう。デ・ニーロもアル・パチーノも脂が乗りきってかっこいいものなぁ。頭脳戦。恋も絡んでク〜ッてか。デ・ニーロの表情とクールさがたけしと重なって見えてしまうのはなぜなのか。
 それはともかく、この映画、ついチャンネルを合わせてしまった本当の理由は、藤原紀香よりも吉岡美穂よりも好きなアシュレイ・ジャッドが出ているからだ。恋人が強盗団のメンバーで、警官たちがアシュレイ・ジャッドの待つ自宅を張り込んでいるところへ、恋人役の男がそれと知らずにクルマで向かう。外の警官から連絡を受けた刑事がアシュレイ・ジャッドにベランダに立つように指示。恋人かどうかを見極めさせる。何も知らずにクルマを停め、ドアを開け笑顔でベランダの恋人を見遣る。その時だ。アシュレイ・ジャッドは無表情に、手摺りにかけた手を左右に滑らせることで、来てはいけないと合図する。あの愁いを帯びた表情。たまりません! 男はクルマに戻り、もと来た道を何事もなかったように引き返す。途中、警官に呼び止められ免許証の提示を要求させられるも、足が付かないようにそこはちゃんと変えてある…。その数分のアシュレイ・ジャッドにぞっこん。

 横浜市中央図書館から野毛坂に向かい、すぐ右手の小路を入っていくと、あの藤原紀香も食べに来たという清泉がある。鰻が旨い。昨年の秋頃だったか、いつもの三人で行ったとき、女将さんが出てきて、旦那さんが急に倒れられ店は休み、代りの者に鰻を焼いてもらうことにしていると聞いた。それからしばらく行っていなかったが、昨日、久しぶりに行ってみようということになった。
 けっこう混んでいて、わたしたちは開いているテーブルに着き鰻丼三つ頼んだ。厨房のほうを見遣ると、旦那さんが鰻を焼いている。やがて出てきた鰻丼の蓋を取るのももどかしく、山椒をたっぷりと振りかけてから鰻を箸で切り分け口中に放りこむ。美味い! この味この味。老舗の味とでもいうのか、久方ぶりの鰻丼を堪能。肝吸いもすっきりさっぱりしていて言うことなし。

六歳

 曇天の下を歩きながらすれ違う人、先を歩く人や横断歩道をいま急いで渡った人を見ると、だれもみな大人に見える。電車の吊革につかまり細くたたんだ新聞を読むサラリーマンも、母親に連れ添う子供も大人で、六歳のぼくは動くモノクロ写真を見るようにして息をひそめているのだ。こんなことはずうっとずうっと以前に経験し、それから立派な大人(立派でなくてもいいから大人)になるために言葉を覚え、おぼつかないながらも使い始め、使いこなしてきた(と思っていた)のに、いともたやすく剥がれ落ち、不思議と驚きの前で立ちすくむ。
「まいどー」
 宅配便の青年が威勢のいい声と共にドアを開け入ってくる。ハッと目が覚めるようにして、色がついた。