曇天

 なかなか晴れの日が続かない。秋田の父はこんな年は珍しいと言っていた。父は、二十年以上農業日誌を付けている。街を歩けば新緑の季節で、青葉若葉が清清しく目に優しく映る。気温もそれなりに上がっているというのに空を見上げれば灰色。ポカポカ陽気のなかを早くTシャツ姿で歩きたいと思うのだが、それにはもう少し時間がかかりそうだ。

祭り

 全国的にはゴールデン・ウィーク。故郷秋田の我が井川町は五月五日がお祭り。昔から。親戚が集まってきては飲み食いしていた。祭りだから飲み食いするのか、飲み食いするのが祭りなのか、よく分からないでこれまできてしまった。
 今回、帰省した折に父や地元の友達に尋ねてみたところ、我が町は五日だが、隣り町は四月の末だったり、さらに隣りは五月でももっと遅い日だったりすることが分かった。また、ただ飲み食いするだけの祭りだと思ってきたが、父は、神社に奉納する大きなしめ縄を綯いに前日早朝でかけていった。祭り当日には、道路沿いの電柱を利用し、ところどころに白い御札の付いた紐が長く掲げられた。
 父も友達も、祭りの由来までは知らないようだったが、農作業に関係したものであることはまず間違いないであろう。今は、稲の苗をビニールハウスの中で育てているが温度管理が難しく、父も母も、時間単位の温度を相当気にしていた。祭りが終り、これからいよいよ田植えが始まる。

昼は泥鰌

 「泥鰌」も漢字テストで書けといわれたら、ちょっとつらいなぁ。それは置いといて、昨日の暑さには驚いた。北上する高気圧がどうで、フェーン現象がどうしたとかで結局ああなった(説明できていない)ということらしいが、三十度を超す地域もあったというではないか。
 天気予報も見ずに今日から五月か、などと独りごちてぼんやり出かけたわたしは、紅葉坂を上る頃には上着を脱いで汗を拭く始末。昼、この暑さではもう泥鰌しかないでしょう(鰻でもいいわけだが)というわけで野毛坂を下り、新装なった福家さんへ。いつも上品な女将さんが半袖シャツ姿で「今日はまた暑いですねぇ」。
 ところが一夜明け今日はといえば、どんより曇り、気温も昨日に比べ十度も下がるとか。当たらない日もあって、なんだ天気予報ハズレかよと思うこともあるが、しばらくは当たることを願いつつ天気予報に頼らざるを得ないようだ。

共同住宅

 おととい、わたしが住むマンションの理事会があった。十四世帯の小さなマンションのため理事長を初めとする役がすぐに回ってくる。新築のときに買ったマンションも築十年になったから、修繕の必要性が出てきて、総会を開くにあたっての事前準備の会というわけなのだった。住人側から三名、管理会社から二名の出席があり、もろもろの議題について話しているうちに、マンションというのは現代版共同住宅で、「共同」の意味を意識せざるを得なかった。物理的にノリでくっつけただけの建物のはずなのに、否応なく人間関係を発生させる。
 入居の時点では互いに名前も知らなかったのに、一つの建物に住んでいる関係上、われ関せずというわけには行かなくなってくる。建物が古び、問題が生じるたびに話し合わなければならない。必然、気心も知れてくる。へ〜、この人はこういう考え方の持ち主だったんだぁ〜と、なんとなく親近感が増す。これも一つの縁かと思う。仕事でもプライベートでも、斜めでなく正面を向いて話し、付き合いたいものと改めて思った次第。
 さて、すでにGWに突入し、今この時点で、海外の浜辺での〜んびりされている方もおありだろうが、小社はこよみ通りの休日、したがって今日と明日は通常勤務となります。
 

気晴らし

 ごろんと横になり、バラエティー番組をよく見る。きのうは「食わず嫌い王」というのをやっていた。トンネルズの二人がそれぞれ芸能人やらスポーツ選手など有名人を引き連れ登場し、好きな食べ物四品ずつ順番に食べる。中に一品だけ嫌いな食べ物があり、双方それを当てるというもの。
 嫌いな食べ物もいかにも好物であるかのように食べなければならない。嫌いであることを相手から悟られないように演じなければならない。テレビを見ながら、わたしもどれが嫌いな食べ物かを一緒に考える。きのうはハズレた。
 春なのに、なんだかじとじと一日雨が止まなかった日など、たわいもないそんな番組が気晴らしになる。

贈り物

 三越の包装紙で包まれたお菓子が届き、はて? と思って見たら、会社の大幅縮小に伴い全員解雇に近い大英断が下されるというので、さてどうしたものかと困り果て連絡してきた友人からのものだった。相談に乗って欲しいと言ってきたのは二月だったと思う。三月一杯まで営業し、四月からは5分の1だか10分の1だかに縮小するというので社員は戦々恐々としている状態だと聞いていた。
 じっくり話を聞き、過去の経験から参考になるようなエピソードを開陳し提案めいたこともしたが、その後彼女がどうなったかは知らずじまいだった。
 届いたお菓子を見、いずれにしても働き場所が決まったのだなと思い、ケータイに電話してみた。結局、彼女は規模を縮小した会社に残って働けることになったらしい。相談を受けたときの状況から今も彼女の胸にいろんなことが錯綜しているはずとは思ったが、就職難のこの時代、働き場所が確保されただけで、まずは良かったとしなければならないだろう。

ローリング・ストーンズ

 朝、桜木町駅で電車を降り、晴れた日には少しだけ遠回りになるが「みなとみらい」方面に出て、紅葉坂の交差点に向かうようにしている。ランドマークタワーをはじめ高いビルが次々と林立し、せっかくの広々とした景色が失われていくのは残念だが、空までは失われていない。ユニクロの前には色とりどりのパンジーが咲き、前を見、ふつうに歩いていても強い香りが鼻先を刺激する。
 京浜東北線のガードをくぐり交差点に立ったとき、斜め後ろから聞き覚えのある音が大音量で聞こえてきた。振り返らなくても、赤信号を前に居並ぶクルマのいずれかから洩れていることは明らかだった。ここは横浜だし、横浜銀蝿みたいなクルマでもいるのかなと想像した。振り返るのは面倒臭かった。
 わたしも赤信号で足止めを食らいながら、後ろから来る音を聞くともなく聞いていた。あぁ、ローリング・ストーンズの「ブラウン・シュガー」だとピンときて、わたしはやっと後ろを振り向いた。わたしの位置から三台後ろの、窓を閉めきったクルマからそれは流れてくるのだった。運転手はと見れば、ハンドルを両手で握りながら曲に合わせて太目の体を揺すっている。同時にクルマも揺れている。先日の来日コンサートの余韻にでも浸っているのか。
 信号が青に変わり、わたしは横断歩道へ進み、「ブラウン・シュガー」のクルマはと見れば、ミニスカートの女性がこれ見よがしにお尻を振り振り歩くような格好で左右に揺れながら紅葉坂をブルンブルン上っていった。