鳥人ボルト

 アゲハ来て天まで近し寒風山
 北京オリンピック陸上男子200メートル決勝。とんでもない記録が出ましたね。何度見てもいい!! 美しい!! ほれぼれします。ボルトさん、あんたはエライ!! ジャマイカ、万歳!!
 超人、いや、まさに鳥人。飛んでいくかと思いましたよ。100メートルの9秒69も驚きましたが、200は19秒30。100も200も、この記録を破るとすれば、しばらくはボルト本人しかいないんじゃないでしょうか。
 1968年のメキシコオリンピック陸上男子100メートル決勝。わたしは、小学5年生。これは大変なことだと、ノートに、ハインズ9秒95と書いたっけ。あの時のわくわくが甦りました。
 盆太鼓だーすこだーを刻みけり
 俄仕込み子らは土打つ盆太鼓
 だがすこの太鼓や空を流れ星

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大画面

 盆帰省東京までの横須賀線
 このごろ大画面のテレビをよく見ます。と言っても、外でですが。
 わたしのテレビは、まだアナログですし、もう20年にもなる古いタイプのものです。
 帰省した折、友達の家にお邪魔したら、超ビッグなテレビが置いてありました。オリンピックなど、それはそれは大迫力で、すげーもんだなあと舌を巻きました。心は、半分ぐらい欲しくなりました。
 あとの半分はと言うと、画面がでかくなって臨場感が増した分、何かが減衰していくような気がちょっとします。安くなったと言っても高いので、負け惜しみかもわかりません。
 挨拶し誰とは知れず墓参かな

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何雯娜

 盆帰省ジーンズケータイ文庫本
 帰省中、家にいるときは、ほとんどテレビでオリンピックを見ていたが、トランポリン中国女子の何雯娜選手の演技に釘付けになった。
 表彰式に華やかなドレスを着て登場するコンパニオン(て言うのか? あの笑顔も訓練したのだろう。以前勤めていた会社の社長を連れ中国視察旅行に行ったとき、長距離列車の女性車掌がニコリともしなかったことを思い出す。そうか、必要ないとなれば、笑顔も見せないのだな…。それはともかく)が、いかにも中国13億人の中から選ばれた美女軍団であるのに対し、競技をする選手達は、どうもあまりパッとしない。でも、強い。顔でなく運動能力で選ばれているのだから、あたりまえか。
 ところが、何雯娜選手。顔は、イシンバエワのような超美人、というわけではないが、まあ、可愛い。それだけなら、へぇ、中国でも可愛い選手がいるんだ、で済んだかもしれない。目をみはったのは、演技に入ってから。体のキレ、スピード、真っ直ぐな線と回転の時の力の充溢、緊張と弛緩、とにかく美しい。鷺が宙に舞うようなと陳腐な比喩まで浮んでくる。
 かつて、カバエワがそうであったように、オーラが他の選手とまったくちがう。華がある。天才と呼びたくなる所以だ。
 盆帰省電話の声の華やげり

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稲の香

 熱帯夜友あり宴の無法松
 盆の帰省で秋田に帰り、晴れた日には朝、外で気功をしました。堰を流れる水の音、寝ぼけたような蛙の声をBGMに背骨を揺らします。子どもの頃から見なれた風景は、眼を閉じていても、はっきりと浮び、天地と一体になっていると感じます。涼風に乗って、実り始めた稲の香りも漂ってきます。至福の時。

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乳房二件

 バリカンの音消ゆ闇や蝉しぐれ
 同じ時刻に同じ電車に乗ると、見知った人ができてきます。あれ、今日はあの人はいないな。あの人はいるな。
 横浜駅で根岸線に乗り換えるとき、何度かお目にかかった女性がいます。どうしてその女性を意識したのかと言えば、下腹部が異様に膨れていて、バランスをとるためでもありましょうか、こころなしか背を反らしぎみにホームに立っていたからです。
 その後、何度か一緒の電車になりましたが、下腹部のハレと見えていたのは明らかに乳房でした。
 房というのにふさわしく垂れていて、電車のシートに座ると、彼女の目の前にふかふかのテーブルができる具合です。下着を身に付けるのが煩わしいのでしょうか。
 休日の朝、チャイムが鳴って、ドアホン越しに話を聞くと、犬を飼っていないかということなので、飼っていないと答えたのですが、声の感じから、なんとなく曰くありげな様子なので、出てみると、見知らぬ白髪の女性がネグリジェ姿でバケツを手に持ち、立っていました。
 大きな犬を連れた女性を知らないかと言うのです。知らないから、「知りません」と答えたのですが、彼女の話では、老齢のその犬の小便が大量で、しかも場所を弁えずにする、というよりも、垂れ流し状態なので、臭くてたまらない…、というようなことでした。それからどうしたわけか、話が転じ、わたしは脳梗塞をやりまして、片方の目は見えず、すこし呆けてもきております、云々。
 黙って聞いていたのですが、話のいかがわしさよりもネグリジェの下の乳房が目に入り、目線が下がることを警戒しながら、彼女の話が終わるのを待ちました。彼女の乳房が、老齢にもかかわらず、あまりにしゃんとしていたからです。近所だとのことでしたが、その後、彼女を見かけません。
 夏祭り昔の子らが歩いている

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オガクズの匂い

 バリカンや首にひやりと蝉しぐれ
 近所に猫がたくさんいる。山の上のせいかもしれない。御殿山という名前は立派だが、かつて人が住む御殿があったとも思えない。狸御殿でもあったのか知らん。
 飼い猫ばかりか、ほとんど野良化した猫もいるようだ。
 会社帰り、疲れた体をえっちらおっちら階段の上まで押し上げていく道々、よく見ると、あっちにもこっちにも猫がうずくまり、こちらを見ている。このごろ、だんだん猫の表情がわかってきたような気がする。
 猫の糞は臭くてたまらないが、それはそれとして、あの臭い、どこかで嗅いだことがあると思って記憶の底をたずねてみると、生木をチェーンソーで切るときにでるオガクズの匂いに似ている。どうしてかはわからない。
 盆の前祖父のバリカン首痛し

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1年

 袈裟懸けに刃天から雷の雨
 俳句を始めて1年が過ぎました。正確に言うと、俳句みたいなものを始めて1年が過ぎ、たま〜に、これは俳句かな、と思えるものができたかな、と。
 最初は「や」や「かな」を入れ、季語を入れ、季語と知らずに二つも三つも入れなどし、なんでもかんでも五・七・五にして遊んでいましたが、遊んでばかりもいられません。というか、それだけだと、面白くなくなってきました。「俳句の作り方」みたいな参考書を読んだり。遊びに欲が出てきたのかな。かと言って、実存に迫るような句はとても。そもそもわたくしの実存は??? 怪しくなって、ぐじゃぐじゃします。
 上の句は、昨日のものを師匠が添削してくれたものです。こちらがずっといいし、「あのとき」のわたしの印象にもぴったりです。
 アスファルトぬらりぬらりの立つ見えて

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