トモ爺

 垣根越し見上ぐ子らにも梅の花
 夢にトモ爺が現れた! 百歳で亡くなったわたしの祖父です。
 わたしは自分の席にいてパソコンを睨んでいました。ふと視線を入り口のほうに移すと、コピー機の横に立ち、なにやらコピーを取っているようでした。わたしを見て、ニカッと笑いました。ニカッ!!
 わたしは一瞬で、普段どんなに嬉しくても、それほどでもないのに、針が振り切れるほど嬉しくなりました。わたしはトモ爺が大好きです。
 わたしのそばまで来たので、すこし話をしました。あいさつに来た独身の女性社員をつかまえ、あと十五歳若かったらなぁ、と、調子のいいことを言って笑わせていました。
 あの弾けるような喜びを味わったのは、久しぶりです。トモ爺とリヱ婆がいなくなったことで、見るもの聞くもの全ての色調が変ってしまったことを改めて、思い知らされました。
 路地裏の梅がほころんだほころんだ

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遠藤の青汁

 捨てられし銀杏拾ふ夕餉かな
 朝、桜木町駅前にあるそば屋で青汁を買うようになってから二年ほど経つ。
 出勤前のサラリーマンがコップ一杯の青汁をグイと飲み、改札へ向かう光景をよく眼にする。
 わたしは400ccの青汁を持参のペットボトルに入れてもらい、出社後小1時間してから飲む。
 遠藤の青汁の本社は高知県だから、全国展開の現状を考えれば、各地に工場があるのだろう。
 あるとき、気になって、青汁を売ってくれるおばさんに、「この青汁は、どこで作られているのですか」と質問してみた。するとおばさん間髪入れずに、あなたそんなことも知らないの的な眼差しをわたしに向け、ひとこと「工場で」と答えた。そう言った後も、手を休めず仕事をしながらギロリ、まだわたしのほうを見ている。よほど変な質問をする人だと思ったのだろう。
 そう。青汁は、工場で作られる!
 鼻ひろげ我れは杉の子無花粉症

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気功の「功」

 捨てられし銀杏二百五十粒
 白川静『字統』の「功」の説明のなかに、「宋のころより年間を通じて日々に所業の善悪を記録する風が起り、功過格という。道教では、その成績によって人の禍福や夭寿が定められるという信仰があった」とある。夭寿(ようじゅ)とは、短命と長命のこと。
 気功には道教系のものも流れ込んでいるという。即効性はないけれど、日々の練習が大事であることが、「功」の字の由来からも確認できる。
 こころにも無いこと言うなよアメフラシ

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「に」と「へ」

 出物でて行き場失ふ春気功
 新渡戸稲造のことではありません。格助詞の「に」と「へ」。
 授業の神様といわれ、かつて大江健三郎がルポルタージュも書いたことのある群馬県島小学校で校長を務めた斎藤喜博は、「に」と「へ」のちがいを小学校の国語の授業でおこなったことがあった。
 昨日のトップページの文章を読んでいて、そのことを思い出した。
 『大辞林』によれば、「に」は、上代から用いられている語で、動作・作用が行われ、また存在する、時間的・空間的な位置や範囲を示すのが本来の用法、とある。
 一方の「へ」は、「あたり」の意の名詞「へ(辺)」から?動作・作用の向けられる方向を示す。?動作・作用の向けられる対象を示す、などとある。
 意味だけの説明では分かりにくいけれど、例えば、昨日のトップページの、
「昨日スーパーに行ったら、新玉ねぎが売っていました。」を仮に
「昨日スーパーへ行ったら、新玉ねぎが売っていました。」と比べ、
もう一度辞書の説明に戻ると、だんだんその違いがはっきりしてくるようだ。
 山の幸捨てる神あり拾ふ神あり

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猫のゴン

 ひかりなのピアノ春風潔し
 土曜の夕刻、ひかりちゃんとりなぴも出演するというピアノ発表会に出掛けました。会場は、歩いて十五分ほどのところ。
 酒に酔いかつて多聞君にもたれるようにして上った急階段を下りていくと、耳をピンと立て、瞑想でもしているような風情のゴンがいました。横に倒したプラスチック製の箱にふわりと。ありがたくなって、手を合わせました。
 ケータイで写真を二枚撮らせていただきましたが、あわてる風なく、むっくりと起き上がり、「それでは」。なので、わたしも「あ、どうも」
 春告げるセブン・イレブンいい気分!

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出物

 梅の香や十周年の宛名書き
 出物腫れ物ところ嫌わずというのは、本当です。
 きのうは木曜日。横浜気功教室の日でありまして、わたしは、この日をとても楽しみにしています。それは、教室の前に大好きなお寿司を食べれるからです。横浜駅の地下にある「魚敬」という回転寿司のお店。椅子に座って初めに食すのがズワイガニ。わたしはカニが大好物。なので、木曜日はわたしにとって祭りの日なのです。
 お寿司を食し、教室に向かいました。生徒はまだちらほら。前列に座って静功の構え。無念無想。静かにレッスンは開始されました。立ったり座ったりしながら築基功の基本の四動作を行います。と、なにやら、お腹がグルルルル。ん!? グル。こ、こ、これは! これは、もしかして!? でも、でも、放つわけにはいかぬ。我慢我慢。だって、すぐ後ろにも人がいるし。しかも女性。もう気が気ではありません。わたしの顔はだんだん赤黒くなっていたと思われます。CDの音声「漏れないように気を丹田に集めます」がわたしには「漏れないように屁を丹田に集めます」に聞こえます。
 もうだめ、無理無理! でちゃうでちゃう、と思った瞬間、朱剛先生の「はい。それでは少し休憩します」の声。漏れないように手で後ろを押さえながら、トイレに駆け込みました。ブファファファーーーーッ、ッ!!! 強烈な一発、そして余韻。うっすらと涙が浮かんだりして。
 トイレから出ようとすると、同じ教室の生徒が少しうつむき加減に入ってきて、黙って「大」の個室に入りました。
 天の気を酸っぱく染めし梅の花

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スギライト

 路地を来て辺りキョロキョロ沈丁花
 1977年、発見者・村上允英氏が、恩師である岩石学者・杉健一氏にちなんで名づけた日本に縁の深いパワーストーン… マダム・マーシの『パワーストーンBOOK』に、そうある。
 深い紫の色に惹かれ、左手首に着けていたのだが、昨年九月、知多半島を旅したとき、朝、浜辺で気功をしていたら、ぷつりとゴムが切れて砂地にぱらりと落ちた。すぐに拾えば拾えたかもしれないが、そのままにして気功をつづけた。
 あの石が人の目に留まり、採取され、加工されるまでどれだけの時間が必要だったのだろう。あの浜辺で地に落ち、波にさらわれ削られて、この世から消える日まであとどれぐらいの時間がかかるだろう。もともと、わたしの持ち物でもなんでもなかったのだ。
 底意地の肥溜め爆発! 春日かな

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