下の下

 髪刈りて歩にリズム合う帽子かな
 ある食べ物屋さんでの話。
 美味しい和食に舌鼓を打ち、ああ腹いっぱい食べた、美味しゅうございました、ごちそうさまでした、と席を立ち勘定を済ませました。
 ふと見ると通路横の座敷に顔見知りのご夫婦が和テーブルを挟み向き合って座っておりました。お先に失礼します、と、わたしはあいさつをしました。奥さんはちょっと目礼したようでしたが、声に出すことはありませんでした。ご主人はと見ると、通路がわに足をべろりと投げ出し、家でくつろぐかのように仰向けに寝て、頭だけ壁で斜めに支え、こちらを向いているのでした。あいさつを返す風でもありません。
 べつにわたしがこのご夫婦と反目し合っているわけではありません。どの人があいさつしても、いつもこんな調子なのです。他の客がいても、だれ憚ることなく傍若無人に妻は夫をののしっています。犬も食わない言葉が飛び交います。だめですねこんなのは。
 三つの子に「あいさつしなさい」と教えている母親(最近は少なくなりました)を見かけますが、三つ子の教えが出来ていないのでしょう。よほど生まれ育ちが悪い(悪すぎ)か、プライドが高すぎ劣等感にさいなまれ捻じくれた人間かのどちらかだと思います。人を人とも思わない、あいさつもできない、表面づらは良くても心のうちで人を差別する、無神経で鈍感で非礼で何様のつもりかわからぬような人間が、わたしは嫌いです。
 刈りし草馬小屋にあふる青青と
 若き父風が眼を射す草競馬

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感じ

 だれに言ふ細胞のみ知る毒の秋
 このごろ以前勤めていた会社の社長のことを思い出すことがあります。
 会社を起こしてからずっと会っていないわけですが、好きなところもあれば嫌いなところもあったなぁと思うのは、別れた恋人を思い出すのと似ています。
 昼は会社で仕事をし、夜は夜で、夜の街を連日闊歩し社長と飲み歩き、社長も何くれとなくわたしに話してくれました。悪い気はしませんでしたネ。いろんな話を聞いて、おもしろいなぁと思っただけでなく、恥ずかしいことですが、わかった気にもなりました。ところが、いまさらですが、どんだけわかったつもりになっていたのかなと疑わしい。
 言葉の先に体験があるのかな。はたまた体験の海に言葉が浮かんでいるのか。こういった言わば感じも、理屈(言葉)で追いかけようとせずに、体験の海に今はたゆたったままがいいのかなと、これも、ただそんな感じがするだけですが…。
 討ち合わせと報告書にあり秋せわし
 ストッキング裂けて引かれて蝦蟇の口

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略号

 いわし雲たのしきことなど探しをり
 ホームページを略してHP。ヒューレットパッカードもHP。胃に潜む細菌ヘリコバクター・ピロリもHP。まぎらわしい。
 NHKは、言わずと知れた日本放送協会の略。以前、車で(わたしも車を運転していた時代がありました)横須賀からの帰り、伊勢佐木町近くだったと思うが、橋の近くでNHKの看板を見た。おや、と思い、スピードをゆるめて目を凝らすと、日本発動機株式会社と書いてあった。なるほどNHKだ。
 ちなみにわたしはMM。マリリン・モンローもMM。だからどうということもないけれど。
 現れて三倍遅き秋の蝿
 指十本気功のどけし秋日和

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床屋

 川中に馬歩み入り湯気立ちぬ
 月に一度行く床屋に行った。坊主頭なので30分とかからない。ヒゲを剃ってもらえばもっとかかるが、ずいぶん前からヒゲは自分で剃ることにしているから、散髪だけしてもらうことにしている。
「いつも言ってることですが、一年ははやいですねぇ」と床屋。「そうですねぇ」。ほ。
 それからウィーンウィーンと電気バリカンで髪を刈り、頭を洗い、「はぁーい、お疲れさまでした」。財布から千円札を一枚出し、帽子を被り、礼を言って外へ出た。散髪した分だけ帽子がスカスカするようであった。
 もやもやと馬小屋の草香りけり
 こめかみに筋立て草食む青き馬

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季節の言葉

 溺れずに行け老と若と二季の海
「人がことさらに季節を意識するようになるのは、中年になってからのようだ。心身がやや衰えかけたとき、そのような自分の支えとして、季節を意識する。季節の言葉、すなわち、季語を重んじる俳句への関心もその時期に生じる。子どもや大学生などは真冬でも半袖で平気だが、そのような訳にはゆかなくなった中年世代は、庭いじりを始めたり、散歩を楽しんだり、俳句を作ろうと思ったりする。今日、俳句を始める顕著な世代はあきらかに中年世代である。」(坪内稔典『季語集』より)
 まさに! わたしが俳句を始めたのもそのような心境からだった気がする。あまりにピタリ!で、自分がモノサシ通りの単純な人間なのだなあと、あらためて思った。
 評論家の鶴見俊輔さんは、俳句を「もうろく文学」として評価しているそうだ。そのことも坪内さんの上の本に書いてある。もうろくして自我が砕けた老人の言葉を、俳句の形式は受け止め得るということらしい。
 本を置き青空見るや日向ぼこ
 あくびして本閉づ夕餉の秋刀魚かな

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気を抜けない

 サングラス顔半分を覆ひけり
 2001年からつづいているこの日記、血も涙もある1人1人が集まって会社だよということを意識しながら、どんなコンセプトで本づくりに勤しんでいるかは、声高らかに社の方針などと謳い上げるより、日々のこまごました日録に現れるのではないかと思って始めた。が、足掛け7年となると、マンネリに陥らないように注意しているものの、どんだけ読んでもらえてるのかなーと心細く思うこともある。
 昨日、気功教室の帰り、途中まで一緒の女性から、玄米粉クリームの美味しい作り方を発見されたそうですねと話しかけられた。彼女がそれを知るのはこの日記以外に考えられないから、読んでくださったのだろう。目立ちたがり屋のわたしなら、あれ読みましたよ読みました、と口酸っぱく繰り返すところ、彼女はそんなことは微塵も匂わせない。奥ゆかしい!
 ということで、気を引き締め、仕事に反映せざるを得ない日々のつれづれを引き続き記していくことにします。
 太腿の翳り深かり午睡かな
 招くごと揺れてかそけき薄かな

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積極的な蜂?

 指十本さやぎ秋日に気功かな
 このごろマヌカハニーを愛飲している。マヌカとはフトモモ科常緑低木で、ニュージーランドにしか自生していない野生植物。春から夏にかけ可憐な白やピンクの花をつけ、そこから採取される蜂蜜をマヌカハニーと呼ぶ。
 マヌカの葉から抽出される油分には病原菌に対抗するカがあることで知られている。先住民のマオリ族は、マヌカの葉を風邪や熱の予防、傷薬などの万能薬として使い、マヌカを「癒しの木」と呼ぶ。マヌカハニーの中でも特に抗菌活性力の強い蜂蜜がアクティブマヌカハニー。
 昨日、マヌカハニーについて講釈をたれていたところ、興味をもった武家屋敷が不思議そうな顔をして「どうしてアクティブハニーと呼ぶのかしら?」一瞬、答えに窮した。すると、武家屋敷が畳みかけるように「よく飛ぶ蜂なのかしら?」
 ん????? どういうこと?
 ……………
 あ。なるほどね。アクティブには能動的、行動的、積極的という意味があるから、それで…。あ、なるほど、なるほど。積極的に飛ぶ蜂か。積極的に飛ぶ蜂ね。でも、それ、おかしくね?
 気功もて溶けてゆきたし神無月
 雑踏に知人かと見ゆ秋没日(あきいりひ)

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