炒めた赤いご飯

 

家人が朝、弁当を作っている匂いがこちらの部屋までただよってきて、
不意に子どものころの思い出が浮かびました。
秋田のわたしの実家では、
煮るか焼くかのどちらかがほとんどで、
フライパンで炒めるのは、
目玉焼きをつくるためのニワトリの卵ぐらい。
電子レンジのない時代。
そうか。
卵を溶いて小麦粉と砂糖を混ぜて炒めたバッタラ焼き、というのがあったな、
そうだそうだ、ありました。
バッタラ焼きのことは措いとくとして、
チャーハンやチキンライスのような、
ご飯を炒めた料理というものを食べたことがありませんでした。
初めて食べたのは、
石川理紀之助にゆかりの地、
現在の潟上市昭和豊川山田に嫁いだ叔母の家に遊びに行ったときだったと記憶しています。
ふり返れば、
鶏肉が入っていたし、
少し赤い色をしていたから、
チキンライスだったかも知れません。
赤は、
ケチャップの赤だったのでしょう。
衝撃的な美味しさでした。
叔母のところへ行けば、炒めた赤いご飯が食べられる、
そのようにインプットされたわたしは、
しばらく時間を置いてから、
また訪ねたような気がします。
弟を連れていたかもしれない。
いとこと遊んだあの家は、いまはもうないでしょう。
長男の父には、上に姉、下に二人の弟と、四人の妹がいますが、
チキンライスを作ってくれた、
すぐ下の妹が早くに亡くなりました。
叔母の鼻骨には傷がありました。
子どもの頃、
柿の木から落ちてきた柿が鼻を直撃し、
痕になったと聞いた。
朝の台所からただよってきた匂いに刺激され、
子どもの頃食したチキンライスの味と笑顔を絶やさなかった叔母の声が、
あざやかに蘇りました。

 

・大寒やチキンライスと叔母の声  野衾

 

DIY

 

浴槽の、お湯が出る方の蛇口から、相当きつく締めても、ぽた、数秒おいて、ぽた。
しょうがねーなー。
で、
ぐぐっ、と、さらにきつく締める。
蛇口を睨みつけていると、
ぽた。
くっそーーー!!
というような状態に陥り、インターネットであれこれ調べ、
湯ーチューブ動画を見たりして、
やれば、できる!!
と自信を持ち、
カクダイ 自在水栓補修セット 792-812
なるものを買いました。
税込343円也。
ちなみにカクダイは、拡大でなはく、ブランド名。
由来は調べていませんので、
分かりません。
きのうの午前、さっそく部品交換の作業に入りました。
元栓を締め、
蛇口をひねっても水が出ないことを確認してから徐にまずキャップを外し。
それからそれから。
(中略)
というわけで、
なかのコマみたいな部品、
これ、ケレップというそうですが、
そいつを好感、いや、公刊、いや、高官(悪ノリ)、いや、交換しました。
元栓を開放にし、
さあどうだ!?
お。
ん!?
出ないじゃん。
あはははは…。
よかった。
うれしい!!
ふつふつと喜びがもたげてきた。

 

・探梅や縄文の丘土器拾ふ  野衾

 

成瀬仁蔵と柳敬助

 

日本女子大学の創設者として著名なキリスト者・成瀬仁蔵が
洋画家の柳敬助と親交があったことを初めて知りました。
成瀬が、
学生たちへの講義のために、
ある本の挿絵を大きく描いてほしい旨を柳に頼みに行った、
というエピソードが、
『宮沢賢治 妹トシの拓いた道――「銀河鉄道の夜」へむかって』
に記されていました。
この本は、
タイトルにあるとおり、
宮沢賢治が、
愛する妹を通して、
いかにキリスト教に接近していったかを説いた書ですが、
賢治と新井奥邃をつなぐ見えない糸についても、
ふかく考えさせられました。
柳は、
奥邃の謙和舎に足しげく通っており、
高村光太郎に奥邃を紹介した人物でもあります。
わたしは、
一九二三年に亡くなっている柳敬助を、直接知っているわけではありませんが、
柳のご子息・文治郎さんには何度かお目にかかったことがあり、
文治郎さんから、
ご自宅で新井奥邃の名がでるときに、
家のなかが独特の空気に包まれたということを、
興味深くうかがったことがあります。
文治郎さんはまた、
新井奥邃先生記念会の幹事を務められました。
奇しくも、
宮沢トシが亡くなったのが一九二二年、
新井奥邃が亡くなった年と同じ、
ちょうど百年前になります。

 

・土器拾ふ遥かここまで探梅行  野衾

 

破壊力抜群

 

おとといときのう、予定していた本を読み切り充実した時間を過ごしましたが、
少々アタマが疲れてきたなと感じましたから、
きのうの夕刻、
半分ほど読んで止めていた
中崎タツヤの『完全版 男の生活』(白泉社、2004年)を手に取った。
マンガです。
そうか。
一度ここで取り上げたことがありましたね。
中条さんのいうとおり、
そのあまりのショーモナさは抜群
で、
読み切るまでに五度ほど、
声を出して笑った。
わたしのなかのショーモナさに共振するのでしょう。
家人は出かけていましたので、
ひとり大声で笑い、
そして、
やがて悲しきタツヤかな。
この人、天才!
五度ほど笑ったなかから、
ひとつだけ、
文字のみでどれだけ伝わるか分かりませんけれど、
紹介したいと思います。
タイトル「不器用な俺」
サブタイトル「昨日の晩、考えてたのになぁ…。」
なお(  )はわたしの説明です。

 

(一本の木立の下、どうやら男女の別れの場面)
女:遊びだったのね
男:(女に背中を向けたまま)バカなことを言うな
(次のコマ、男はくるりと振り向き)遊びで女とつきあえるほど器用じゃないぜ
女:それじゃ私達の一年は何だったの
男:(また背中を見せながら)どうとってくれてもかまわない
(次のコマ、ふたたびくるりと振り向き)しかし!! これだけは忘れないでくれ
(その次のコマは、男と女が木立の前でじっと見つめ合う)
(さらに次のコマ)女:何を忘れるなって言いたいの?
男:…………
女:忘れたのね
男:……うん

 

あげればもっとあるけれど、
ガマンして一つだけにしておきます。
にしても。
このマンガを知ったのは、
中条省平さんの『マンガの教養』
でした。
あの飄々とした中条さん、
どんなお顔で『完全版 男の生活』を読んだんだろー、なんて想像すると、
それはそれで面白く、
静かな笑いに浸ります。

 

・夜半無言の里に雪積もるらむ  野衾

 

雪の富士と軽業師

 

二か月に一回の定期検診を終えて一八〇段
(一八一段だったかもしれません。登りはじめ最初の一段を忘れたかもしれず)
ある階段を登りおえ、遥かに北西を見やれば、
白々と輝く富士山が、澄み切った青空のもと荘厳なる姿を聳えさせています。
思わず、ほ~、と。
気分が変り、
今度は丘のてっぺんから階段を少し下って右へ下りると、
高い木の枝枝のあいだを何やら素早く動くものの影。
台湾栗鼠が二匹、追いかけっこだ。
入り組む枝をものともせず、
枝と枝の間をジャンプする姿は、
ジャンプというより、
空間に見えない枝がつながっているかのごとく、空中をすべっていく。
またまた、ほ~。
気分すっかり快晴快調。

 

・見送りの父母淡き肩に雪  野衾

 

予表と顕現

 

また、キリストが預言によって自らの受難の屈辱について語っている、
あの詩篇においても同様である。
「彼らはわたしの手と足を刺し貫き、わたしの骨をすべて数える。
彼らは目をとめて、わたしを見つめる」。
(これらの言葉によって、彼は、手と足を刺し貫かれ、釘でうちつけられて、
十字架上にひろげられた身体のこと、
および目をとめ見つめる者たちの見世物になったことを表現しているのである。)
彼はさらに付け加えている。
「彼らはわたしの衣服を分けあい、わたしの着物のことでくじを引く」。
これらの預言がどのように成就したかは、
福音書が物語っている。
(アウグスティヌス[著]金子晴勇ほか[訳]『神の国 下』教文館、2014年、p.233)

 

引用した文中の「彼」とは、
旧約聖書にでてくる預言者ダビデのこと。
アウグスティヌスが引用しているこの驚くべき箇所は、
詩篇第二二篇にあり、
新約聖書において記述される十字架上のイエス・キリストそのままだ。
ダビデは、紀元前1000年のころの人。
こういう事例を引きながら、
アウグスティヌスは、
旧約聖書では覆われている真理が、新約聖書で顕現しているとみているのでしょう。
旧約聖書では、
真理は覆われているけれど、
人間がそれを知るために、
預言者にあずけられた神の言葉として、
予表(あらかじめ表す)されている。
ここに、
アウグスティヌスの歴史の見方、
大いなる歴史哲学があると考えられます。

 

・餅食ふて網に残りの黒きかな  野衾

 

入稿今昔

 

弊社の仕事始めは先週六日の木曜日。
ようやく体と頭が仕事モードになってきたかと思いきや、
担当している本の入稿がきのう。
昔は、
版下と称ばれる紙を印刷所の担当者へ手渡したり、送ったりしたものですが、
今は、
InDesignで組んだデータをPDF化し、
それを送る。
送るといっても、物でないから、
郵送したり、宅配便に載せるわけではない。
昭和生まれの人間としては、当初、すこぶる戸惑いがありました。
が、
時のなせる業か、
いつの間にやら、あたりまえな気になっています。
とは言い条、
入稿前の緊張は、昔も今も、変らずにMAX。
強がりかもわかりませんが、
これがあるから、
出来上がった本を見るときの喜びはまた一入。
ことしも、これを何度か体感、経験することになるでしょう。

 

・ふるさとは天地びりりの淑気かな  野衾