朝の音

 

夜中に目が覚め、トイレで用を足して電気毛布がセットされた布団にもどり、
時刻を確かめた。三時三十五分。
もう少し寝ていよう。
しばらくすると、
隣で寝ていた妻が「いまの、なに?」
「え!?」
「ピー、ピー、ピー、ピー、て」
「聴こえないよ」
「いや。聴こえたよ」
「空耳じゃないの?」
「いや。ぜったい聴こえた」
妻は、布団から抜けだし、綿入れを着込んで居間の方へ向かう。
わたしは目を開けたまま、
布団の中でしばらくじっとしていた。
ほどなく妻が戻ってきて、
「ストーブのスイッチは切ってあったし、台所も異常なかった」
「そう」
安心した妻は、布団にもぐり、また眠るようであった。
体内時計が起床時刻を知らせたので、
わたしは静かに起き出した。
ダウンジャケットと綿入れを着込み、居間に行き、ストーブのスイッチを入れる。
柱時計は、四時二十五分。
横浜から持参した文庫本を手に取り、
ストーブの火の隣で、つづきの文を追いかける。
火の音とページを繰る音だけが部屋を照らす。
奥の部屋でがさごそ音がする。
もうそんな時刻か。
と。
畳を踏む音が近づいてくる。
「おはよう」
「おはよう」
「新聞、取ってくるがらな」
母の朝が始まる。
腰を曲げながら戻ってきた母が、
「ゆぎ(雪)そんだに降ってなぐて、えがた(よかった)」
母は、新聞をソファの下に置き、朝餉の支度へと台所へ向かう。
間もなく妻が起きてきて台所へ行き、
「おはよう」
「おはよう。まだねでれば(寝ていれば)えがた(よかった)のに」と母。
六時ちょうどになり、
今度は、どすどすと音がして「おはよう」父だ。
六時半。町の有線放送が流れる。それから四人そろっての朝ごはん。
食事を終え片付けが済んだら、
つぎはクスリ。
「父さん、クスリ飲んだが?」母の声は甲高い。
「はいよ。いま、飲むどごだ」
ひとことひとことが、ありがたく、なつかしく、心地よい。
居間のストーブに四人が集まる。
父が、やおら新聞を広げ、顔を近づけて読みだした。
その姿を見ていて、
閃いた。
「新聞、だれ、持ってくるの?」
「わがらにゃでゃ(わからないよ)」
「あんで(歩いて)くばて(配って)来るのが?」
「なもや(そうではない)。クルマで来るたでゃ。軽トラだびょん(軽トラックだろう)」
わたしの実家は、
バス通りから少し引っ込んでおり、
ゆるい下り坂になっている。
新聞を配達しに来た軽トラックと思われるクルマは、
発進のことを考え、
おそらく、
ギアをバックの状態にして玄関先へ入ってくるのだろう。
ピー、ピー、ピー、ピー、
は、
その音だったに違いない。
一日が始まる。一年が始まる。

弊社は、本日から通常営業となります。
よろしくお願い申し上げます。

 

・人事止み小暗き馬屋の淑気かな  野衾