古本、人から人へ

 

矢内原忠雄の『土曜学校講義 ダンテ神曲』(みすず書房)は、
地獄篇、煉獄篇、天国篇の三冊で、
少し前になりますけれど、
それぞれを古書で求めました。
煉獄篇の本のなかに、かつて所持していた方の読者カードが入っていたことは、
すでにこの欄に書きましたが、
いま読んでいる天国篇の巻末の見返しに、
煉獄篇の本を持っていた人とは別の人の文字で、
「S47.12.31(日)
さらば1972年よ!! 本年最後の日
うめだ旭屋書店本店にて之を求む」
と記されています。
黒いインクのボールペンによるもののようです。
昭和47年のカレンダーを調べてみたら、
大みそかは、
たしかに日曜日に当たっています。
一年の最後の日に購入した本ということで、格別の思いがあったのかもしれません。
また、
本の帯を、
きちんと二つに折り畳み、
見返しの裏に、糊で貼り付け。
さらに、月報も、
本文の最終ページと奥付の間に糊付けされてあります。
インターネットで古書を検索しているとき、
「月報はなし」
の注意書きを目にすることがよくありますが、
ぺらぺらした月報は、
本そのものとは別に刷られ、本といっしょに綴じらることがないので、
紛失しやすい。
糊付けしておけば、紛失することはありません。
この本を最初に購入した方の、
この本への思いの丈が伝わってくるようです。
新刊書のぴかぴかした佇まいも悪くありませんが、
所持していた人の思いが添えられた古本の味わいも捨てがたく、
「古」の付くものが総じてそうであるように、
魅力的に感じられます。
わたしがこれまで古書店に持ち込んだ本たちも、
捨てられたものがある一方で、
なかに、どこかで、だれかに、どんな形でか分かりませんが、
読み継がれているものも、
きっとあるでしょう。

 

・ふるさとの光の子らを抱く落葉  野衾