ほめること

 

こういう歌(巻向の 檜原もいまだ 雲居ねば 小松が末ゆ 淡雪流る)や、
同じ人麻呂集歌
あしひきの 山川の瀬の 鳴るなへに 弓月が岳に 雲立ちわたる
のような歌に接すると、
この世において、
物をほめることのむつかしさを痛感せざるをえない。
すぐれた存在を讃美することは身命を縮めるような厳粛な行為であることを
思わないわけにはゆかない。
比べて、
対象を貶めて言うことなど、
何と軽々しく安易な営みであることか。
批評とはほめることであり、
ほめることが人間の創造につながるのである。
ほめるに値しないものについては、
黙して言わぬが、最良の道というべきか。
(伊藤博『萬葉集釋注 五』集英社文庫、2005年、pp.625-6)

 

伊藤博さんのこころざし、心意気が感じられる文章だと思います。
伊藤さんの恩師である澤瀉久孝先生は、
歌の成立、意味は記しても、
解釈はつつしんだということが、
『萬葉集釋注』の前の巻にありましたから、
澤瀉先生のこころでもあったのでしょう。

 

・いにしへの伊良湖日和や月に海  野衾