耳たぶの思い出

 

・冬の雨止まずしてほか恨み無し

きのうの昼時、
食事に行きましたら、
ほんの二メートルばかり離れたテーブルについた男性の
耳たぶが異様に大きくて、
ついつい見とれてしまいました。
大きいな。
大きいな。
どうしてそんなに大きいの。
アフリカ象の耳みたい。
ははは。
ん!?
あら?
そうか。
そうだよな。
そんな大きい耳ってありえない。
肌色に近い大きなイヤリングをしているのでした。
ひょっとして、
福耳に見せたいのかな。
それにしても、
わたしの視力、
だいぶ衰えたようです。
そういえば、
むかし、
東京の出版社にいたころ、
似たようなことがありました。
ふだんメガネを掛けているパートのMさんが、
その日どういうわけか
メガネをしていなくて、
同じくパートで働いているOさんを
目ざとく見かけ、
「あら、ずいぶん大きなイヤリングをしているのね」
と、
Oさんに近づき
耳をつままんばかりにしたところ、
「あら。イヤリングじゃなかった! まあ、ずいぶん大きな耳だこと!」
Oさん恥ずかしそうに顔中真っ赤になりました。
今まで髪の毛に隠れていた耳が、
ショートカットにしたがために、
外に現れ出てしまったのを、
メガネを掛けずぼんやりしか見えていないMさんに、
運悪く見つかってしまったのでした。

・木の葉降りまたも降りしてまたも降る  野衾

鍼が無~い!

 

・腹に沁むれんこん汁の青さかな

鍼灸師も人によって技がいろいろで、
名古屋の名人は、
刺しては抜き刺しては抜きし、
元住吉の名人は、
刺してしばらく放っておきます。
先日久しぶりに元住吉の名人のところに参り、
鍼を刺してもらい、
灸をすえてもらいました。
全身すっきりとし、
着替えをしていると
やおら先生やってきて、
「おかしいなぁ……」
「どうしました?」
「いやね。一本足りなくて」
「へ!?」
「鍼が一本足りないんですよ」
「はあ……」
「全部抜いたんだけどなぁ」
「わき腹にも無いですよ。ほら。首にはきょう刺さなかったし」
「尻はどうですか?」
「尻ですか?」
穿いていたズボンをまた下ろし、
先生の方へ
尻をぐいと突き出すと、
「やっぱり無いですね。おかしいな」
「床に落としたんじゃないですか?」
「見たんだけどな。あ。あった! よかった!」
「ありましたか」
「ありました」
「…………」
下げたズボンをふたたび上げました。

・れんこんの穴を潜りて出口無し  野衾

崖が見える

 

・散紅葉空の青さを変えてけり

土曜日、久しぶりの鍼灸院へ。
その帰途、
横浜駅で東横線の電車を降り、
エレベーターに乗り地下一階へ向かいます。
するするするとロープが下りてきて、
ぞろぞろ箱の中へ。
ふくろうのごとく身を細め、
口元まで細くタテに。
目の前にドカッと中年男性の後頭部。
明らかにカツラと分かります。
なぜならば、
カツラが
崖の上の草のごとく頭上にあり、
首の辺りに生え残っている毛とのあいだに、
肌色の崖が見えているからです。
子どものころに遊んだ崖を思い出しているうちに、
エレベーターは地下一階に到着。
遊んでいると、
時間はすぐに経ちます。

・散りてなほ子らと戯る落ち葉かな  野衾

気になることは

 

・冬の日の鉢並びをり店の先

仕事上のことでも
プライヴェートのことでも、
どういうわけか分かりませんが、
アイディア
というほど大げさでなく、
ふと
何か思いつくことがあります。
思いつき。
夢にも似て
どうしてそんなことを、
きのうでなく
明日でなく、
きょう思いついたか。
外から来る
というほうが当たっているかもしれません。
思いついたまま
行うこともあれば、
よく考えて、
考えるだけにして、
空でも被って
動かないこともあります。
それはそれでいいことにして。
だれにきくのでも、
なにに拠るのでもありませんけれど、
割とこういうふうなことを大切にしています。
あるひとに
手紙を書くことを
思いついてのことでした。

・着ぶくれの小さきガンダム行進す  野衾

座りすぎると

 

・冬の日の校庭の子ら賑わえり

たまたま点けたら、
いま流行りのクローズアップ現代。
座りすぎが心血管疾患、糖尿病、ガンなどを引き起こす、
ってやっていた。
クローズアップ現代か。
クローズアップ現代。
反省したからだいじょうぶか。
ということで、
最後まで見ました。
どういうことかというと、
長く座りつづけると重要な下半身の代謝が悪くなり、
それが全身に及び不健康をもたらすから、
そうならぬよう、
一定時間(たとえば三十分とか一時間)
ごとに立つといいよ、
みたいな。
日本人は、
世界でいちばん長く座る国民だそう。
そういえば、
座業ということばもあるしな。
なるほど。
このごろは、
そういうことを即刻仕事に取り入れ、
可動式の机を導入しているIT企業もあるのだとか。
ときどき気分を変えウィウィウィ~~~ンと
机の板面を高くし
立ってパソコンをいじっている映像が
映し出されていました。
机をつくっている会社の株がこれで上がるかもしれない。
それはさておき。
さてと。
北欧のバランスチェアのつぎは
可動式机か。

・エルグレコ受胎告知の冬の空  野衾

にいさんにいさん

 

・新そばや白き暖簾の待ちてをり

夜中目を覚まし、
ケータイ(わたしのはガラケー)を開けて見たら、
23時19分。
用を足して戻ったら
23時22分。
少し待つことに。
したら、
画面が暗くなり
表示が見えなくなったので、
適当なボタンを押して画面が見えるようにし。
23時23分08秒。
しばらく待つことに。
と、
23時23分23秒。
やったー!
すぐに、
23時23分24秒。
23時23分25秒。
23時23分26秒。
……………
22時22分22秒への郷愁。
惜しいことをした。
心臓もたいへん。
寝る寝る。

・新蕎麦や店の提灯貼り替わり  野衾

来るでなく行く

 

・階の濡れて落ち葉の艶が増し

駒澤大学の先生が夕方五時に来社されることになっており、
卓上カレンダーにそのように記し、
まだ時間があるなと
のんびりしていたところ、
イシバシが横から、
桜木町駅3時31分発の電車に乗りますから、
急いでください、
と。
慌てた慌てた!
ゴミ箱のゴミを捨てる間もなく、
机上を片付ける時間も惜しく、
あたふたと、
取るものも取り敢えず急ぎ出かけました。
「駒澤大学○○先生五時」と書いたわたしが悪かった。
「○○先生駒澤大学に五時」と書くべきであった。

・息殺す落ち葉の上の落ち葉かな  野衾