寒いのか

 

・焼いて佳し煮て佳し母のきんきかな

こう寒暖の差が激しいと、
自分の感じ方に自信をなくし、
「いま、寒い?」
などと
間抜けな質問をすることになります。
トイレに立っての帰り、
「半袖ですか。そうですよね」
廊下の後ろから声を掛けられました。
振り返ると、
となりの教育研究所の所員さん。
いわれて気づけば半袖でした。
暑く感じて上着を脱いで仕事をしていたものと思われます。
自分のことなのに、
「思われます」もないのですが…。

・校正を終えてとっぷり冬の月  野衾

母と子

 

・上り来てくたり真似たき薄かな

ある個人院でのこと。
息子に連れられ
老母がやってきて
受付前のベンチに座っておりました。
看護婦の話しかけから想像するに、
家で転んだかして腰をしこたま打ってしまったようです。
診察の順番になり、
また看護婦がやってきました。
息子に支えられ立ち上がり二歩、三歩。
もう動きません。
「歩けるだろ。歩けよ!」
怒鳴り口調で息子が言います。
「痛い。痛い。歩けない…」
「ほら。支えてやるから」
「痛い。痛い。歩けない…」
「無理をさせてはいけません。車椅子を持ってきますね」と看護婦。
その後、
車椅子に乗り
診察室へ移動していきました。
しばらくして車椅子に乗せられた老婆と
七十は越している男性、
車椅子を押す看護婦が目の前を横切り外へでて行きました。
そんなことがありました。
あのおばあちゃん、
たしかに痛かったのだとは思います。
しかし、
ベンチから立ち上がり
二歩、三歩と歩いたことから察するに、
その後の痛がり様は
並大抵でなく、
また、
息子の話し掛けのときの
棘は鋭く、
痛いことは痛かったろうけれど、
ある含みのある
痛さだったかと思われます。
息子よ。
息子よ。

何か訴えていたようです。

・こっちゃ来い銀色ゆかし薄かな  野衾

肛門科

 

・燈下親し睡魔来るや転落譚

いまはすっかりよくなりましたが、
四十代のころ痔病に悩まされ、
新聞広告で見かける高価な薬を試したり、
名医と称される医者を肛門、
いや訪問、
あはははは…
したこともたびたび。
本も出している銀座の名医を訪ねたら、
肛門がたとえていうなら
古いゴムホースのような状態で、
手術すれば、
元の若々しい肛門になりますよとおだてられ、
その気になったのですが、
八王子の気功の先生に相談したところ、
気が滞るから
絶対やってはいけませんと忠告され、
手術をキャンセル。
電話でキャンセルしてもよかったのですが、
またいつ世話になるかも知れず、
断るためだけにわざわざ出向きました。
待合室できれいな和服の女性がいて、
ああ、
このひとも
あの医者の前で肛門をさらすのかと思ったら、
可愛そうになりました。
だってあの医者、
口の周りに髭が生えていて、
それも剛毛で、
かつて流行ったタカアンドトシの「欧米か」にならっていえば、
「肛門か」と言いながら
頭をはたきたくなりましたから。
いくら肛門科の先生だからといって、
口の周りを肛門にみたてなくてもいいじゃないか。
さて、わたしの持病の痔病、
なぜ治ったかといえば、
気功のせいですかね。
青汁のせいですかね。
とにかく治ってよかった。
手術しなくてよかった。
あの和服の女性、どうなったかな?

・身に沁むや遥か知りたる屋の灯り  野衾

わかめうどん定食

 

・煌々と雲の上なる月夜かな

重い靴で馬車道まで歩くのはたいへん。
近くでおいしいお店といえば、
まず太宗庵。
そば佳しうどん佳しカツ丼佳し。
ですが、
このごろこの店では、
せいろそばと
玉子とじうどんしか食していなかった
ことに思い至り、
久しぶりに
ご飯に
醤油のかかった半熟玉子が付いてくる
わかめうどん定食を所望。
きつねうどん定食にも
若干こころが動きはしたものの
それは止め。
たぬきにはこころ動かず。
器に入っている半熟玉子を箸でタテに切り、
それからヨコ、
さらにこまかく切って切って
醤油とよく交ぜ、
湯気の立っているご飯の上に、
ご飯茶碗からこぼれぬよう
ご飯を少しよけ
玉子を流し入れます。
わかめうどんの汁だけレンゲで掬い、
口中に含み湿らしてから、
おもむろに
玉子かけご飯をひとくち。
あああああ。
うんッめーーーー!!
秋田弁なら、
こでらえねえ!!
となるところ。
「ごちそうさまでした」
「久しぶりの定食でしたね」
「はい。美味しかったです」
「食欲の秋ですものね」

写真は、先日NHKのど自慢に出場した秋田のなるちゃん提供。

・気にかかる仕事こなして良夜かな  野衾

ヒトラー暗殺

 

・秋の風ペットとともに来りけり

『ヒトラー暗殺、13分の誤算』を観に川崎・チネチッタへ。
家具職人が一人で
ヒトラーの暗殺を計画し
実行したものの、
それが失敗に終った実話に基づく映画で、
観終わったあと
金縛りにでもあったようでした。
金縛りは、
寝ているときに起きますが、
ナチスの時代のドイツは、
夢の中の空気感が
じわりじわり
怖い方向へ向いていくのと
まさに同じであったと思わされました。
ユダヤ人と付き合っている女性が
「わたしはユダヤ人と付き合っているブタです」
と首から札を下げ、
公衆の面前でさらし者にされたり、
ナチスの制服に身をかためた子どもらが、
教会に向かうリベラルな人びとを罵倒したり、
ほんの数か月前まで、
そんなことはなかったのに、
恥ずかしくてできなかったのに、
少しずつ少しずつ、
あたりまえだったことが
あたりまえのことでなくなっていく。
そうならないように
しなければいけないと強く思った次第。

・想念も紙も飛ばして爽気かな  野衾

かつれつ祭り

 

・かつれつを目指す頬撫づ秋の風

ま、きょうは勝烈庵の盛り合わせ定食でも食べに行くかな、
と、
なんとなく思いまして、
いつもより五分ほど早く社を出、
一路馬車道にある勝烈庵本店へ。
天気もいいし。
馬肥ゆる秋。
ひとも肥ゆる秋だよなぁ。
盛り合わせ盛り合わせ…、
桑焼き桑焼き桑焼きと。
桑焼きは、
盛り合わせに入っている若鶏の醤油煮。
これ、
子どもの頃に食べた
スズメの焼き鳥によく似た味で大好きなのだ。
勝烈庵近くの横断歩道で信号を待ちながら、
食べる順番を考えたり。
最後のコーナーを曲がるや。
ん!?
なぬっ!?
(いま思い出しましたが、
この「なぬっ」という表現、
むかしはよく口にしこの欄でよく使ってもいましたが、
このごろは年のせいか、
意表を突かれることにでくわしても、
「なぬっ」とはならず「おや?」ぐらい)
なんだこの人の列は?
いつもより五分早く出たのに。
入り口上に張られた横断幕を見て納得。
22日と23日は「かつれつ祭り」
そう・だった・の・かっ!!
やられた。
やられちまった。
創業者が棟方志功と親しくしていたことは
つとに知られており、
店内には、
志功の絵や版画が
ひょいと飾られていますが、
「かつれつ祭り」には、
志功の絵をあしらった皿が
記念にもらえる
らしいっす。
列に並んでいると
貴重な昼休みが終ってしまうので、
早々にあきらめ
周さんの生香園へ。
久しぶりの海鮮焼きソ~バでした。
さてきょうはどうする。
志功の絵皿を
もらいに行くべきか行かざるべきか。
that is the question.
だよなぁ。

橋本照嵩『石巻かほく』紙上写真展
の三十五回目が掲載されました。
コチラです。

・焼きそばのアワビの数をかぞえたり  野衾

忘れるために

 

・秋澄むや香の煙の天に立つ

四か月ほど前になるでしょうか、
NHKの朝の番組に
谷川俊太郎さんが出ていました。
出勤前のこととて
最後まで見られませんでしたけれど、
番組中、
谷川さんが自作の詩を朗読する場面がありました。
詩集のページを開いたとき、
有働由美子アナウンサーとコンビの
V6井ノ原快彦くんが、
「おぼえてないのですか?」と質問。
谷川さん笑って
「おぼえていませんよ」
こまかいニュアンスは忘れてしまいましたが、
たしか
そんなやりとりがあったはずです。
それを見ながら、
そうだよな、と思いました。
小説なんかに比べると、
詩は短いし、
有名な詩人なんだから、
本を見なくてもそらで読み上げるのでは

イノッチ思ったのでしょう。
わたしも、
こういう仕事をする前は、
イノッチと同じように思っていました。
ところが、
つたなくても
自分で文を書くようになってみると、
いっしょうけんめい書いたのに、
書いた後
そんなに時間が経っていない
にもかかわらず、
すっかり、
すっからかん、
というのは言い過ぎかも分かりませんが、
かなりな程度忘れます。
谷川さんのような有名な方でも、
そのことに関しては同じなのでしょう。
忘れるために書く、
といえば
これまた言い過ぎかもしれません。
その分だけ抱けるといっても。

・冷えまさり日月過去へ遡る  野衾

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