伊藤博の『萬葉集釋注』が八に入りました。
歌の解釈がなるほどと腑に落ちる
だけでなく、
子どもの頃からふつうに使ってきた秋田のことばが出てきたりして、
ハッと目をみはることがしばしば。
二重三重におもしろい。
ことばの伝播についても調べたくなります。
編集者の観点からいえば、
一般的な一首ごとの注解でなく、
意味のあるかたまりは歌群としてあつかい、
まずそのかたまりの意味を解き明かし、
そのうえで一首ごとの注解を加える形がとられているので、
なにをえらび、
どうならべるかの手本として読むことも可能。
「えらぶ」「ならべる」
これが編集という仕事の要諦と思われ、
さらに、
そういう見方をすれば、
編集だけに限らない射程の広い営みということになりそうです。
・朝(あした)に見夕べにもまた梅の花 野衾
このブログですでにお知らせしていますが、
来月29日((日))15時から、
春風社にて畑野文夫さんと対談を行います。
「叡智の人・森田正馬にきく」
そのレジュメができましたのでご覧ください。
コチラです。
畑野さんは若いころ、
森田の門下で入院森田療法を行っていた鈴木知準の医院に
79日間入院されました。
その体験が、
その後の人生に大きく影響したと伺いました。
なおかつ、
森田の残した日記を一年かけて丹念に読み込み、
2016年『森田療法の誕生』という画期的な本を執筆されました。
すでに申し込まれている方もおりますが、
ご興味のある方でまだの方はどうぞお早めに。
・影正し人事しづまる冬の暾 野衾
たまに、そうですね、
二年に一度か三年に一度ぐらいでしょうか、
大型のオートバイを所有している夢を見ます。
ハーレーダビッドソンほどではなくても、
排気量1000ccは超えるようなの。
かっこよく乗っているというのは少なくて、
ただ、
じぶんがそれを持っていて、
車庫においてあるとか、そんな感じの。
おとといでしたか、
めずらしくオートバイに乗って出かけ、気をよくしていたものの、
浮かれていたのか、
カギを抜くのを忘れたままオートバイを離れ、
ハッと気づいてその場に戻ったら、
オートバイはどこにも見当たらず。
近くにいたひとに訊いても首を横に振るばかり。
夢は急にしぼんで空の色までどんよりしてしまいました。
オートバイに限らず、
失くす夢、モノを忘れる夢が多い。
オートバイは、
実際には高校生の頃、
50ccの原付に乗っていたことがありました。
・春光や埃あらはれきらり消ゆ 野衾
少しくだくだしいくらい、彼の登山について書いたのは、
ここに彼の面目が最も多く活躍しているからである。
それは先ず岩波の山に登る体力と情熱の旺盛にも、
山に慣れた健脚と技術にも、
山登の直往、独往にも、
人夫の来るのを待ちかねるせっかちにも、
その住宅にすぐ水洗便所を作るのに対して、
大自然の中にわざわざ野糞を垂れたがる好みにも、
一方に細かい心遣を持ちながら、
人に迷惑をかけたり世話になったりして平気でいるところにも。
山登ばかりではないが、
多忙の中に火のつくように思い立つ実行力にも。
(安倍能成『岩波茂雄伝 新装版』岩波書店、2012年、p.361)
終りまであと少しありますが、
伝記のおもしろさを堪能。
安倍能成が岩波茂雄をいかに愛していたか、
それが直に伝わってきます。
岩波の面倒見のよさもこの本で初めて知りました。
陰徳ということばのあてはまる人間は、
そうそうあるものではありませんが、
岩波にはあてはまりそうです。
その辺のところも阿部は見逃していません。
・春の雪ささやくごとくあえかなる 野衾
一八三二年、エヴァリスト・ガロアは第五次方程式は解けない、
ということを証明した。
誰もがこれを解ける、という前提のもとに
何とかこれを解こうとして果たせなかったのだが、
彼はいわば「わからない」ということを精緻に書こうとした。
そうすることで、
この問いに答えたのだといえよう。
わかる、わかったということを書くことと、
わからない、わからなかったということを書くこととは、いずれが困難か。
そこに優劣はない、
というのが筆者に『徒然草』の教える答えである。
(加藤典洋『僕が批評家になったわけ』岩波書店、2005年、p.174)
昨年五月に亡くなった文芸評論家の加藤典洋さんの
『僕が批評家になったわけ』がつんどく状態だったので、
重なりから取り出して読んでみた。
風通しのいい書きっぷりで、
お目にかかったことはないが、
人柄がしのばれ声が聞こえてくる気がした。
言葉はこころを隠し、
声はこころを顯すけれど、
文章に声を織り込み、
読者のところまでとどけることはむずかしい。
こころが柔らかく、
こころざしの高いことは
最後の著作『大きな字で書くこと』を読んでもわかる。
ご冥福をお祈りします。
・馬の背に触れて身を消す春の雪 野衾







