わからないことを

 

一八三二年、エヴァリスト・ガロアは第五次方程式は解けない、
ということを証明した。
誰もがこれを解ける、という前提のもとに
何とかこれを解こうとして果たせなかったのだが、
彼はいわば「わからない」ということを精緻に書こうとした。
そうすることで、
この問いに答えたのだといえよう。
わかる、わかったということを書くことと、
わからない、わからなかったということを書くこととは、いずれが困難か。
そこに優劣はない、
というのが筆者に『徒然草』の教える答えである。
(加藤典洋『僕が批評家になったわけ』岩波書店、2005年、p.174)

 

昨年五月に亡くなった文芸評論家の加藤典洋さんの
『僕が批評家になったわけ』がつんどく状態だったので、
重なりから取り出して読んでみた。
風通しのいい書きっぷりで、
お目にかかったことはないが、
人柄がしのばれ声が聞こえてくる気がした。
言葉はこころを隠し、
声はこころを顯すけれど、
文章に声を織り込み、
読者のところまでとどけることはむずかしい。
こころが柔らかく、
こころざしの高いことは
最後の著作『大きな字で書くこと』を読んでもわかる。
ご冥福をお祈りします。

 

・馬の背に触れて身を消す春の雪  野衾