『明治事物起原』

 

【自動電氣扇】明治三十五年四月二十日の〔時事〕に、
東京市赤坂區溜池、廣瀨新の自動電氣扇の廣告を見る。
電氣扇は、
三拾時間絕えず廻轉、凉風を送り、
不必要の節は、風力の强弱、且つ電池の作用を止むることを得。
例へば、
一日二時間宛使用すれば、拾五日間の使用に堪ふ。
蓄電池一箱拾五圓、電氣扇箱共拾貮圓、電氣詰替料一囘五拾錢、
これ、乾電池式の自動煽風器なり。
芝浦製作所、三菱電氣、川北電氣、日立電氣などにて、煽風器を發賣せるは、
至つて近來の事なり。
(石井研堂『明治文化全集別巻 明治事物起原』1969年、p.1430)

 

かつて東京の出版社に勤務していたとき、社の本棚に、『広辞苑』より重そうな、
どでかい本がありました。
それが、かの有名な『明治事物起原』。
著者は、
現在の福島県郡山市出身の石井研堂。本名は民司(たみじ)。
明治時代に初源を持つ物、事を総覧的に取り上げ説明した事典、といった内容で、
いわば一冊ものの、
「明治はじまりはじまり大百科事典」
です。
明治41年(1908年)に橋南堂という出版社から出されましたが、
わたしが持っているものは、
1969年に『明治文化全集』の別巻として刊行されたもの。
時を措いての出版は、
それだけ、
この本の価値が広く認められていたということでしょう。
『明治文化全集』の編輯代表者が木村毅ということですから、然もありなん。
さて引用した箇所は、
いわゆる扇風機、についてですが、
はじめは自動電氣扇、と称したんですね。
引用文中「これ、乾電池式の自動煽風器なり」とあり、
これがけっこう重要かと思われます。
というのは、
乾電池の発明は、
日本の時計職人、屋井先蔵(やいさきぞう)が世界初だとされているからです。
石井研堂畢生の名著『明治事物起原』、
下の写真で見るとおり、そうとう分厚い。
とは言い条、
休日、コーヒーを飲みながら、腹ばいになって、
つらつら適当にページをめくり、目についたところを眺めるのも一興。
いまは文庫にもなっています。
こちらも絶版のようですが、
古書で入手可能。
ところで引用した文章、
字面の雰囲気を出そうと思い、旧漢字に変換しようと思い立ったのですけれど、
たとえば電気の「気」は「氣」にすぐ変換できたのは良しとして、
「扇」を変換するのはなんだか面倒くさそうなので、
けっきょく、
旧漢字と新漢字がごちゃごちゃ混じってしまいました。
それでも、
雰囲気はなんとなく伝わるのではないでしょうか。

 

・竹林に白き雨降る五月かな  野衾