時空を超えて

 

石走(いはばし)る 滝もとどろに 鳴く蟬の 声をし聞けば 都し思ほゆ

 

万葉集3617番。

伊藤博の訳によれば、
「岩に激する滝の轟くばかりに鳴きしきる蟬、
その蟬の声を聞くと、都が思い出されてならぬ。」
横浜から桜木町へ向かう電車のなかでこの歌を読んでいたとき、
ほんの数秒のことだったとは思うが、
ぐわんぐわんとうねるようにひびき渡る蟬しぐれの音を
たしかに聴いた気がした。
ふと目を上げ、
いまじぶんのいる場所と時間を確かめるように。
作者は大石蓑麻呂(おほいしのみのまろ)
天平18年(746)ごろ、
東大寺の写経師として出仕していたことが、
正倉院文書に載っているとのこと。
前後の関係から、
船旅をしてきて久方ぶりに陸上で聴く蝉しぐれだったらしく、
いっそうの感慨がもたげたとしてもおかしくない。
絵でなく写真でなく、
言葉によって、
言葉だからこそ伝えられるものがある。

 

・賑はひの果つる旅宿や霜の声  野衾