・新米や朝の食卓父と母
メガネストラップをつかうようになって二週間ほどたちますが、
どうもしっくりくるのがなく、
あれこれ四、五本買っては
つぎつぎ試してみました。
太い布製の紐だったり、
金属製の鎖だったり、
金属製のものでも
細いものあり太いものあり。
それぞれ特徴がある
とはいうものの、
いわば帯に短し襷に長し。
いまのところ落ち着いているのが、
薄茶色の馬革の紐。
だんだん身に着けていることを忘れていますから、
ほどよく馴染んできたのかもしれません。
ただ一点、
これをしていると、
自分が馬になった気にもなり、
手綱を後ろで操られているような、
そんな不思議な今日このごろ。
・秋の日を孫を背負ひて時忘る 野衾
・明月や昔話に似てゐたり
『音楽が降りてくる』は湯浅学の評論集。
湯浅は一九五七年生まれ、
わたしと同年。
本は、
ライナーノーツをはじめ、
各種媒体に書いたものの集成で、
圧倒的な情報量と、
湯浅独特の分析と感想が読者を飽きさせない。
たとえて言えば、
古今東西の音楽に
やたらくわしい友だちがいて、
彼のボロアパートでおすすめのレコードを聴きながら、
ご高説を拝聴しているような
そんな感じ。
同い年ということもあり、
ちらっちらっと現れる時代感が、
ん~、わかるな~
で、
そのちょっとした感覚がうれしい。
ピンク・フロイド、
シド・バレット、
名を見るだけでどきどき。
・明月や鍋ぐつぐつと山猫軒 野衾
・明月や電信柱もひと踊り
人里を離れた森の中に、
何百年と生きている親子がいて…
という話を
聞いたことはあった。
いま目の前にいる女と女の娘だろうか二人の少女がそれであるとは、
初めどうしても思えなかった。
が、
三人の、
といっても二人の若い娘は
ほとんど口を開くことはなかったけれど、
母と思しき女の発する言葉は、
地の方言とは異なっており、
まして標準語には程遠く、
これはひょっとして、
伝説のあの親子なのではないかと
思ったりもした。
混乱していたのだろう。
わたしは女の発する言葉を聞いているうちに、
なんとなく意味が分かる気がし、
地の言葉で話しかけると、
こちらの発する言葉を解するようであった。
わたしはこの親子が
いつからなんの目的で、
どこでどのように暮らしているのか、
とても興味を覚え、
幾つかの質問をし、
女の発する言葉にひたすら耳を傾けた。
そうしている間、
目は、
異様にきめの細かい女の肌と、
口を開くときに見える舌の色に釘づけにされた。
わたしは女と娘二人に連れられ、
森に行くことにした。
女はそれをたしかに了解してくれた、
と信じた。
歩き出して数分後、
女の表情が少しこわばったのが分かった。
女の目の先の遠くに
きちんとした身なりの男が二人
こちらに向かって歩いてくるようだった。
女は、
今日は森に連れていくわけにはいかないと、
早口でわたしに告げ、
娘二人を促してそそくさと歩き出し、
やがて小路に消えた。
それに合わせるかのように、
男二人も視界から消えた。
わたしは、
ひとりこの世に取り残されたように呆けていたけれど、
あの親子は
男たちに捕まることはない気がし、
なかば安心して家路についた。
・歩くほど月に忘るる疲れかな 野衾