・明月や電信柱もひと踊り

 

人里を離れた森の中に、
何百年と生きている親子がいて…
という話を
聞いたことはあった。
いま目の前にいる女と女の娘だろうか二人の少女がそれであるとは、
初めどうしても思えなかった。
が、
三人の、
といっても二人の若い娘は
ほとんど口を開くことはなかったけれど、
母と思しき女の発する言葉は、
地の方言とは異なっており、
まして標準語には程遠く、
これはひょっとして、
伝説のあの親子なのではないかと
思ったりもした。
混乱していたのだろう。
わたしは女の発する言葉を聞いているうちに、
なんとなく意味が分かる気がし、
地の言葉で話しかけると、
こちらの発する言葉を解するようであった。
わたしはこの親子が
いつからなんの目的で、
どこでどのように暮らしているのか、
とても興味を覚え、
幾つかの質問をし、
女の発する言葉にひたすら耳を傾けた。
そうしている間、
目は、
異様にきめの細かい女の肌と、
口を開くときに見える舌の色に釘づけにされた。
わたしは女と娘二人に連れられ、
森に行くことにした。
女はそれをたしかに了解してくれた、
と信じた。
歩き出して数分後、
女の表情が少しこわばったのが分かった。
女の目の先の遠くに
きちんとした身なりの男が二人
こちらに向かって歩いてくるようだった。
女は、
今日は森に連れていくわけにはいかないと、
早口でわたしに告げ、
娘二人を促してそそくさと歩き出し、
やがて小路に消えた。
それに合わせるかのように、
男二人も視界から消えた。
わたしは、
ひとりこの世に取り残されたように呆けていたけれど、
あの親子は
男たちに捕まることはない気がし、
なかば安心して家路についた。

 

・歩くほど月に忘るる疲れかな  野衾