帽子

 小学校二年生の女子に元気をもらった。事の次第はこうだ。
 撮影の仕事が終わり、横浜でJR横須賀線に乗り換えたときのこと。帽子を被った可愛い女の子がふたり乗ってきた。ふたりともとても可愛く、わたしもカメラマンの橋本さんも無言で眼が行った。橋本さんが「埼玉では小学生に防犯ベルを持たせているよ。すげえ音がするんだ、アレ」と言った。橋本さんは浦和に住んでいる。「へえ。そうなんだ」とわたしが言うと、おじさんふたり(われわれのことです)の話が聞こえたのか、可愛い女子のひとりが、「わたしも持ってる。ほら!」と言って、ランドセルの横にぶら下げた防犯ベルを見せてくれた。「何年生なの」と訊くと、もう一人の女の子が「二年生」ときっぱり答えた。
 横浜駅から保土ヶ谷駅までは4分。夕方のこととて車内はかなり混雑していた。保土ヶ谷駅で電車を降り、中年太りが気になるわたしは階段を一段飛ばしで勢いつけて上る。撮影機材をいっぱい担いだ橋本さんはエスカレーターで。精算機に向かった橋本さんを見遣り、自動改札機の前で待っていると、わたしの横を通り過ぎようとした帽子に眼が止まり、見れば、さっきの可愛い女の子だった。防犯ベルを見せてくれたほうの子だった。わたしにちょこんと頭を下げて自動改札機に向かった。わたしはあわてて「さ、さようなら。き、気をつけて」と言った。声が上ずって、実に間抜けであった。なんだか、初恋の人に初めて話しかけた時のように心臓がめくれ、ドキドキした。
 精算を澄ませ、戻って来た橋本さんと自動改札機を抜けながら、その話をすると、橋本さん「へえ。そう。可愛かったよな、あの子。そのうち女優になるかもしれないな。にしても、親の教育がしっかりしているのだろうねえ。いまどき、そんなふうにあいさつできる子、なかなかいないよ」
 橋本さんの大人じみた意見をぼんやり聴きながら、心臓のドキドキはまだ続いていた。