高校生のとき、同級生の女生徒が授業中、こんなことを言いました。
もっとむかしに生まれたかった。
なぜなら、
むかしに生まれていれば、
歴史の学習で、こんなにおぼえることが多くなかっただろうから。
半分はじょうだんだったと思いますが、
現代史になればなるほど、
ものごとが錯綜していて、おぼえきれないという感想をもった生徒は多かった
はずですから、半分は本音だったかもしれません。
わたしも同感でしたから、忘れられないのでしょう。
歴史の勉強が好きでもなかったのに、
興味のある人の伝記を通じての歴史は、おもしろく感じられます。
1984年に出版された回想録の中で、
強く記憶に残ったあるできごとを報告している。
隣人の一人に京都大学の教授がいた。
特別講義のために大連に滞在していたのだが、日本が降伏して、
妻とともに身動きができなくなってしまった。
体が弱い人で、
食べるものを手に入れることもできずにいた。
洋次は、
彼のために本を売ってなにがしかのカネに換えようと考え、
元気のいい声で買い手の気を引いた。
すると一人の男が足を止めて、ある本の売り値を尋ねた。
買い手の登場に喜んで「十円です」
と答えた。
当時は貴重な食品だった落花生がいくらか買える額だ。
すると彼がこう言った。
「いいかい君、これは永井荷風の『墨東綺譚』の初版本といってね、
大変値うちのある本なんだぜ、十円なんかで売っちゃいかんよ」。
まだ中学1年生だった洋次は
「初版本なんてよくわからないし、『墨東綺譚』もよくわからない。
無知を指摘されたようでちょっと恥ずかしかったものです。
で、
そのおじさんが買ってくれるかと思ったら、
溜息をひとつついてそのまま行ってしまいました」。
後になって彼は、
『男はつらいよ』シリーズを象徴する人物、寅さんをつくりあげる。
ただ、
この露天商は少年の洋次よりもっと商売上手で、
巧みな口上でなんだって売ることができた。
(クロード・ルブラン[著]大野博人・大野朗子『山田洋次が見てきた日本』
大月書店、2024年、pp.67-68)
引用した箇所の冒頭「1984年に出版された回想録」
というのを読んでいませんので、
ここに記されているエピソードをはじめて知りました。
山田洋次監督にこんな思い出があったんですね。
山田さんが渥美清さんと知り合ったころ、
渥美さんの啖呵売に魅せられたことはなにかの本で読み知っていたけれど、
どうしてそんなに夢中になったんだろうと、
すこしふしぎな気もしていました。
それが解消された思いです。
・ていねいにゆつくり動く春の風 野衾

