事実と言葉

 

昨日の党首討論をテレビで知り、
はやらない現代劇を見せられているような
不思議な感慨を覚えました。
野党の四人の発言は、
どれも
言葉によって
その背景にある事実に迫ろうとしている。
その意味で、
極めてオーソドックスな言葉の使い方であると感じます。
言葉の「こと」が
事実の事「こと」と通底しているとすれば、
当然のことともいえましょう。
一方の安倍総理。
事実と裏腹の関係にあるはずの言葉を、
事実から切り離し
無化させ、
肉体を持たぬ言葉を
これでもかというぐらい
極限まで推し進め、
空中に四散させ
躍らせる。
「音楽というのは一度奏でられると、空気の中に消えてゆき、
二度と取り戻すことはできない」
と言ったのは、
ジャズのエリック・ドルフィー。
安倍総理の言葉も、
つねに空気の中に消えていくようです。

 

・脱ぎ捨てて乳房晴れ晴れ夏来る  野衾

 

清新の気

 

たとえば
懐奘が書いた『正法眼蔵随聞記』、
永島忠重が書いた『奥邃先生の面影と談話及遺訓』、
代田文誌が書いた『鍼灸眞髄』
などを読むと、
師の天才ぶりを
弟子が尊敬のこころをもって記し
余すところがないと感じる。
師とは、
道元であり新井奥邃であり澤田健だ。
人生の極意は
文字や言葉では伝えられない
と考えているらしいのも天才の天才たる所以か。
そうしてみると、
新約聖書も
弟子が書いたイエス・キリストの
言行録であり、
読んでいて感じる清新の気は、
上記の本と共通している。
ただ、
天才といえども人間で、
イエス・キリストを天才とよぶのはすこし憚られるけれども。
もっと大きな世界がある、
と感じさせてくれる
ところもまた共通している。

 

・夢の中欠くるもの無し夏野かな  野衾

 

ある打ち合わせ

 

こんな夢を見た。
……
取次大手の会社役員と
今後の販売戦略について打ち合わせすることになり、
東京の本社に出向いた。
弊社からは、
わたしのほかに、
専務イシバシ、武家屋敷、それと
編集長のオカピ。
オカピが用意してきた資料を配布し、
向こうの社長を取り囲んでの
真剣な
会議らしい会議。
と、
資料に目を落としていた社長が、
「ん!?」
表情が一瞬こわばった。
社長以外のそこにいた者たちがいっせいに社長を見る。
社長の首が
120度ほどゆっくりと回転し、
部屋の隅のほうへ向かう。
そこに
しっぽまで入れると
体長3メートルはあろうかと思われる
コモドドラゴンに似た怪物がいる。
のっしのっしと辺りを睥睨するように歩いて回る。
われわれはだれひとりピクリとも動かない。
やがて怪物は、
床にぬるりとした臭い体液を残し、
部屋を出ていった。
だれからともなく、
ほーというため息が漏れた。
打ち合わせはまだ途中だったが、
怪物のせいで
変な空気が支配し、
すぐに頭が働きそうもない。
すると、
社長のすぐ横の窓から
いきなり怪物が顔を覗かせた。
舌なめずりをし、
人間のことばで、
「もう来ないよ」と。
それを合図にするかのように、
社長が自前の大きなリュックサックに資料と衣類を詰め、
山歩きの恰好に着替え、
「わたしは一足先に」
とかなんとか言って、
予定していた山登りに行くようであった。

 

・坂道を夏のかほりの深くなる  野衾

 

カスタネットガエル

 

朝まだき、
小さくカタカタカタカタといい音がするので目が覚めました。
カタカタカタカタ、カタカタカタカタ。
蛙だと気づくまでに
そんなに時間はかかりませんでした。
秋田の家で寝ていると、
ゲコゲコゲロゲロと大合唱につつまれますが、
こちらの蛙は上品に
カタカタカタカタ。
横になったまま深呼吸を繰り返し、
カスタネットのようなる
蛙のいい声に
しばし聴き惚れていました。

 

・新緑や電車乗り継ぎ靴取りに  野衾

 

さびしさの味

 

森田正馬『神経衰弱と強迫観念の根治法』のなかに、
「赤面恐怖治癒の一例」
として二十歳の学生の話がでてきます。
治療の一環で日記を書くことになり、
それを森田に示し、
森田は必要に応じてコメントを記す。
ある日学生が、
「米をつきながら、すばらしい声で歌った。そして淋しさを消した」
と書いた。
それを読んだ森田は朱で
「わざとらしい。真面目に淋しむがよい。鮎のウルカのような味がある」
と記した。
真面目に淋しむ…
ウルカは鮎の腸、子を塩漬けにした食品。酒の肴。
うーん。
さびしさの味か。
とじぇねさの味か。

 

・グリーン車や何処へなりと夏来る  野衾

 

お香

 

出社しまずすることはお香を焚くこと。
何種類かありますが、
最初は伽羅と決めています。
気分がすーっと落ち着き、
一日の仕事の始まりです。
つぎはだいたい
三十三間堂のもの。
華やぎのある伽羅に比べると、
しぶくいぶし銀の感じでしょうか。
寺にお香はつきものですが、
修行に集中するとき
嗅覚が重要な働きをすることを仏者は知っているのでしょう。

 

・吹かれても蜜を離れず夏の蝶  野衾

 

コーヒーの味

 

四つのときから知っているりなちゃんですが、
もう高校二年生。
セブンティーン!
毎年コナン映画の新作がでると
いっしょに見に行き、
その後馬車道の勝烈庵で盛り合わせ定食を食するのが恒例でしたが、
ことしはわたしが体調不良のため、
叶いませんでした。
先だって、
学校帰りに寄ってくれたとき、
りなちゃんがコーヒーを飲みたいというので
サイフォンで淹れてあげると、
「おいしい!」
ミルクも砂糖もなしなのに。
そうか、
コーヒーの味が分かるようになったか。
また淹れてあげるね。

 

・クリニック出でて腹まで初夏の風  野衾