蛇笏発見

 

浩瀚な『新編 飯田蛇笏全句集』
を少しずつ読んでいますが、
むつかしい字、ことばをそのつど調べていると、
それが
万葉集に使われていることがしばしば
であることが分かり、
だけでなく、
これは明らかに万葉集を踏まえているなと
感じさせられる句もあり。
蛇笏句の清新さ伸びやかさ大らかさ
また孤高さは、
万葉の時代に直に触れていくような
そんな気概を感じます。
蛇笏句と万葉集との関連を精査した研究書が
すでにあるかもしれません。
いろいろな俳人の
名句、俳論を読んできて、
それぞれおもしろくもあり
勉強にもなりましたが、
無手勝流に俳句を始めて十年がたち、
蛇笏句をいま集中的に読む時間にめぐまれ、
そのことをとおして、
わたしなりに飯田蛇笏を発見できたような気がします。
万葉集をあらためて
熟読してみたくなりました。

 

・冬の日や舟一隻の浪しずか  野衾

いくつになっても

 

駅近くの喫茶店でほかの役員二人とお茶を飲んでいたときのことです。
わたしたちのとなりにある、
いちばん奥の四人掛けのテーブルに
女性一人と男性三人がやって来ました。
見た感じ後期高齢者であることはほぼ間違いありません。
女性は上品で美しく、
若いころならさぞやと想像されます。
男たちはといえば、
テーブルにつくやいなや
どうでもいいような話を大声で話し、
挙句の果てにテーブルをバンバン掌でたたく始末。
時間帯からして、
久しぶりにかつての同級生がつどい、
食事をしおそらくアルコールも少したしなみ、
いい気分になって、
お茶でもしようか
そんなことだったのかもしれません。
それにしても。
うるさいなぁ。
もうすこし静かにしてくれないかなぁ。
そうも思いましたが、
そのガハハなくだらない話を耳にしているうちに、
なんとなく懐かしい空気を感じました。
なるほど。
そうか。
この女性に自分の存在をアピールしているんだな。
そう考えると、
どうでもいいような話の中に、
ちょこっとイギリスのお茶の習慣や
珈琲茶碗の品定めに関する蘊蓄を挟んだり、
かすかな知性のかけら
とでもいったものを無理やり感じさせるような話の運びであり、
恥ずかしくもあり、
他人事と思えなくなりました。
その間、
女性はだまったまま。
どんな気持ちで男たちを見ていたか、
聞いていたか、
それは分かりません。
彼女が飲み物をたのむとき、
「わたしは」でなく
「わたくしは」
と言ったのが耳に残りました。

 

・暮早し影二つあり伊良湖崎  野衾

 

伊良湖崎

 

万葉の時代から歌われ、
西行がおとずれ芭蕉がおとずれ柳田國男がおとずれた伊良湖崎
に行ってきました。
伊良湖水道は古来潮流のはげしい場所として知られ、
伊良湖の「いら」は
その歴史をとどめる名称のようですが、
24、25は両日とも天候に恵まれ、
ひろびろとした空の下、
穏やかな海には白い釣り船がうかび、
その雄大な景色に見とれてしまいます。
宿の風呂に浸かりながらながめる日没は筆舌に尽くしがたく。
いい誕生日になりました。

 

・冬夕焼うすくなりゆく渚かな  野衾

 

染龍

 

もうひとり「同窓会だより」から。
高校卒業後すぐに上京し、
墨田区向島にて五朗(ごろう)の芸名で芸妓になった方に、
染龍さんがいます。
染龍という名は、
昨年末秋田に戻り、
秋田市に芸妓置屋寿美谷(すみたに)をかまえたのを機に付けたものらしく、
現在川反(かわばた)芸者として活躍中。
かつて川反は東北を代表する歓楽街でした。
このひとのことを
以前新聞記事かなにかで読んだような気もしますが、
それはともかく、
彼女も高校の後輩であることがわかり、
うれしく思います。
もう少し若ければ、
年末帰省した折にでも
久しぶりに川反を訪ねてみようかな
ぐらい考えたかもしれませんが、
いまは写真で
染龍さんの溌剌かつ凛としたすがたを愉しむだけでじゅうぶん。
「染龍 秋田」で画像検索すれば
すぐに見られます。

 

・日を連れてほかは連れずに小鳥来る  野衾

 

ちんあなごのうた!?

 

毎年この時期になると
母校の
「同窓会だより」が送られてくる。
その「ZOOM UP!」というコーナーの「きっかけはチンアナゴ」
という文字に目がいった。
平成15年卒業の渡部絢也(わたなべ・じゅんや)さん。
プロフィールにシンガー・ソングライターと記されている。
代表曲「ちんあなごのうた」
なんだ、
ちんあなごのうたって?
「ちんあなご」という名称自体が
どことなくユーモラス
ということもありますが、
プロフィールの代表曲といったら、
たとえば「愛燦燦」とか「昴」とか「山河」
とか、
そういう、いかめしいタイトルがふさわしいような、
そんなルールはもともとないはずのに、
見えない縛りがあることを
思い知らされました。
だって「ちんあなごのうた」だもの。
渡部さんは、
秋田高校から秋田大学に入学。
地元の金融機関に三年つとめたあと退職し音楽で身を立てることにしたのだとか。
なんとなく勇ましい感じ。
それがなにゆえ、ちんあなご?
会社をやめて独立後、ひたすら曲づくりに専念していたころ、
男鹿半島にある水族館に行ったらしい。
そこで、
ちんあなごとの運命的な出会いがあった…。
自宅に戻り半ば即興のようにしてつくった曲が
いまでは動画共有サイトでシリーズ合計100万再生を超えるという。
ならば、
聴かずばなるまい!
聴いてみた。
アハハハハハハハハハハハハハハ。
すばらしい!
だって
「ちんちんちんちんちんあなごぉぉ」
と、
ちんちんちんちんを連呼するではないか。
アハハハハハハハハハハハハハハ。
これを聴いたひとの
コメントを見ると、
「落ち込んでたことがどうでもよくなった!」
とか
「オレのチンアナゴもこれくらいだ」
とか、
なんともすばらしく愉快だ。
こういう曲をつくるひとが高校の後輩にいることが誇らしく思える。
「ちんあなごのうた」
おもしろいですよ。
ぜひ聴いてみてください!

 

・やり過ごしどこ吹く風と猫じやらし  野衾

 

タヌキかな

 

土曜日の午前中、
家人とふたりで買い物に出かけた。
急階段を下りてゆくと
なにやら下に薄茶色の毛につつまれた生き物が。
明らかに猫でない。
犬でもない。
なんだなんだ…
タ、タヌキ!
保土谷にタヌキ!
この山にはタヌキがいる
とは聞いていた。
しかし実際に見たことはなく。
朝早くにハクビシンが
ベランダづたいに近くまで来たことはあった。
それがついに。
この山に住みはじめて二十四年、
思い返せばながかった。
それがきのうの写真です。

 

・野狸や傷みを舐めて静かなり  野衾

 

学術書の注

 

ひきつづき『無意識の発見』(アンリ・エレンベルガー著)
について。
先行研究を踏まえながら積み上げていく学術書に
注はつきもの。
ではありますが、
本文を面白く読んでいるときはとくに、
ページをめくって
章末や巻末にある小さい文字を読むのは、
面倒くさい。
しかし、
ほんのときたま、
ん!? と目をみはるようなことが書かれてあり、
驚くこともある。
前置きがながくなりました。
『無意識の発見』下巻170ページ。
注番号(276)
「ご海容を乞う! これまでの著者の論文には
ジョウンズ版のアンナ・O物語を記してきた。「すべてを再吟味せよ」という原則を
適用しなかった科(とが)である。」
読者に向かって自身の犯した罪を明らかにし、
ゆるしを乞うているではないか。
ジョウンズ版というのは、
アーネスト ジョーンズの『フロイトの生涯』
権威あるフロイト伝である。
その本に依拠して記述した(その態度が、とわたしは読みました)
ことが誤りであったというのだ。
注番号(276)に対応する本文は、
こうなっている。
「ジョウンズ版の物語は事のあってから七十年以上も後で出版され、
伝聞にもとづいているので、用心して扱うべきである。」
アンナ・Oとは、
フロイトの精神分析の創始に関係したヒステリー患者で、
その症例と治療が話題になったひとである。
この注ひとつとっても、
エレンベルガーの
学者としてのプライドがうかがわれ、
中井久夫をはじめ、
斯界の碩学がリスペクトするというのもうなずける。

 

・ひらがなのいのち尽きたり穴まどひ  野衾