秋の風

 

十月に入ったとはいえ、
気温30度ちかい日がつづいています。
まだ夏服でじゅうぶん。
が、
風は明らかに夏でなく秋のもの。
古今和歌集にある藤原敏行の「秋来ぬと~」の歌が
千年の時を超え沁みてきます。
エノコログサが風に揺れ目を楽しませてくれます。
秋に対応する色は白。
白秋。
臓器でいうと肺に関係しており、
山芋、アーモンド、落花生、白きくらげ、れんこんなどの食べ物がよい
とされています。
代田文誌の『沢田健聞書 鍼灸真髄』にならい、
身柱への灸は欠かせません。

 

・ねむたさや旅のをはりの九月尽  野衾

 

掘り出す

 

夫から苦しめられて虐待されているある婦人が、私に、
夫がその悪い性質のために、自分を死ぬほどに苦しめることが度々あると、
話したことがあった。
しかし、自分は夫のもとでこの歳月、耐え忍んできたし、
最後まで耐え忍んでゆこうと決心していると、言っていた。
(そのうち、彼女は死というただ一つ可能な離婚によって、解放された。)
しかし、そのとき、彼女は、それにつけ加えて、
「私を苦しめる夫からも、時にはけしつぶほどの善意が流れ出ることがあるのを、
この苦しみの数年の間に発見しました」と、言った。
もちろん、
そのためには、
彼女は、ちょうど金鉱を探す人のように、
長い間探し求め、発見するまで目をこらして、
深いところまで掘り進まなければならないのであった。
そして、
彼女はさらにつけ加えて言った。
「それで私は、夫を、毎日いわば掘り出さなければならないのです。」
――この「掘り出す」という言葉を、私は忘れることができない。
……………

 

大塚野百合・加藤常昭編『愛と自由のことば 一日一章』
(日本基督教団出版局、1972年)に収録されている
スイスの著名な説教者で牧師のヴァルター・リュティのことば。
九月三十日のことばがこれでした。
いろいろに考えさせられます。
さてきょうから社業21年目です。

 

・和(なご)かるや深くなりゆく秋の空  野衾

 

二十周年

 

弊社は、1999年10月1日に創業しましたから、
きょうが二十周年の日にあたります。
規模に比して大きな借金をかかえた時期もありましたが、
おかげさまですべて返済し、
なんとか無借金でやりくりして五年。
野にある学術書の出版社として、
この状態をつづけながらさらに質の向上を図りたいと考えています。
十年と十五年の刻みではパーティーを行いましたが、
今回は、
パーティーをやめ、
『春風と野(や)』の冊子をつくることにしました。
きょう出来てくるはず。
学問の業績をかたちにする学術書は、
先行研究を踏まえ新しい知見をつみあげ問いを掘り下げることが大事なポイントですが、
それを編集し出版することにおいて、
春風社はなにを軸にしていくべきなのか。
あらためてその意味を探るため、
「春風」「野」にどんな意味、イメージがあるのか、
おつきあいいただいているかたがたに文章を寄せてもらいました。
勉強させてもらいつつ、
一代でなく、
五十年、百年、またさらに、
春風と野の本意を明確にしながら、
わかいひとにつなげていければと念じています。
今後ともよろしくお願いいたします。

 

【社員とともに伊良湖崎を訪ね二億年前にできた堆積岩の洞穴を目にして詠める】
・億年の秋を響(どよ)もす日出(ひい)の門  野衾

 

社員旅行

 

昨秋、義母の案内で訪れた伊良湖崎と
宿泊したホテルからの景観があまりにすばらしく、
これはじぶんだけのものにしておくにはもったいないと思い、
きょうと明日、
社員で訪ねることにしました。
古代から景勝の地として名高く、
万葉集にもその名をとどめていますが、
じっさいに訪ねてみると、
そのすばらしさは時を超えていると実感します。
まさにパワースポット。
世話になっている鍼灸の朝岡先生は、
三年つづけて足を運んだとのことでした。
夜は句会の予定。
それでは行ってまいります。
ということで、
本日は臨時休業といたします。

 

・さびしさも底にとどかず虫のこゑ  野衾

 

隠されている宝

 

人は過ぎ去った美しいものを、一つのとげのようにではなく、
高価な贈りもののように自分の内にたずさえてゆくものだ。
いろいろな思い出を掘り返したり、それに自らを引き渡したりしないように
用心しなければならない。
ちょうど、高価な贈りものはしょっちゅう眺めたりしないで、
特別な時にだけ見るように、
〔思い出も〕それ以外の時は、
それがあることは分かっているが隠されている宝のように所有するのがいい。
そうすれば、
持続的な喜びと力がその過ぎ去ったものから出てくる。

 

ヒトラー暗殺計画に加担し、逮捕され、絞首刑にされたドイツの牧師
ディートリヒ・ボンヘッファー。
上の文は、
1943年12月25日のクリスマスの日に、
親友の牧師であるエバハルト・ベートゲと
彼の妻でボンヘッファーの姪レナーテにあてて
テーゲル軍刑務所において書いた手紙の一部。
E・ベートゲ編・村上伸訳『ボンヘッファー獄中書簡集』(新教出版社、1988年)
に収録されている。
親、兄妹、友にあてた手紙、もらった手紙の文面から、
それぞれに対する、
またボンヘッファーに対するそれぞれの情愛の深さが
しみじみ伝わってくる。
上の手紙を書いてから約一年三か月後、
ドイツが降伏する直前の1945年4月9日、
ボンヘッファーは、
国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)により、
フロッセンビュルク強制収容所で刑死した。享年39。

 

・新涼や朝の光のやはらかき  野衾

 

まさに米寿

 

いきなりですが、
米の等級には1等から3等までありまして、
米粒がいきいききれいにそろっているか、
米粒に含まれる水分量がどれくらいか、
被害に遭った米粒や充分に育っていない米粒がどの程度混入しているか
などによって計られます。
きびしい検査基準をクリアしたものが1等米とみなされ、
ハンコを捺される。
秋田の父の電話の声がめっぽう明るく、
きけば、
JAに持って行ったところ、
な、なんと、
すべて1等米となった
とのこと。
昨年は胃がんの手術をしたこともあり、
米づくりはもはや無理では
と危ぶまれましたが、
ちかくに住む叔父が田仕事の力作業をすべて引き受けてくれたことにより、
機械好きの父は
もっぱら機械による作業に徹することができた。
おかげで、
ことしもありがたく
米農家の宝、米を収穫することができました。
八月で齢八十八をかぞえた父ですが、
1.4ヘクタールの米づくり、
収穫量からいっても
等級からいっても
ことしは過去最高の年であり、
まさに米寿、
米を寿ぐ年になりました。

 

・稲刈るや十俵多しこゑ高し  野衾

 

山本夏彦

 

あらゆる言論はすべて読まれることを欲する。むろん私も欲する。
してみれば私もまず読者の気に入ることを言わなければならない。即ち迎合である。
迎合するとみせかけて、自分の言いぶんを通そうとする
のが私にとっての言論だとすれば、
レトリックの秘術をつくさなければならない。
読者ははじめそれにだまされるが、
次第に顔色をかえる。
飴をしゃぶらせて熊の胆(い)をのませようとするのだなと感づくのである。

 

山本夏彦著『私の岩波物語』にあることば。
ずっと岩波書店のことかなと思いきや、
そうではなくて、
講談社、中央公論、電通、博報堂などのことがでてきて、
おもに昭和の出版事情についておもしろおかしく書いている。
どくとくの語り口調で、
その特徴は引用した箇所にもあらわれているようです。

 

・會釋して秋の好き日を終ひけり  野衾