稀代のモテ男の面目躍如

 

わたしは何の遠慮もなく、わたしにできると思うことなら何でもかの女のためにすると申し出た。
かの女は溜息をつきながら、
もし全面的にわたしの友情を当てにすることができたら、
どんなに幸福だろうと答えた。
わたしは心の炎を燃やしながら、五万エキュを御用だてしましょうと言い、
かの女の心を捉える権利を手に入れるためなら、
危険なことがどんなにはっきりしていても
命を投げ出す覚悟でいると語った。
この言葉を聞くと、
かの女はわたしに最も優しい感謝の気持を示し、
しっかりとわたしを腕に抱きしめ、
自分の口をわたしの口に合わせてきた。
この瞬間に、
もしそれ以上のものを求めたらわたしは卑怯者のそしりを受けただろう。
かの女はしばしば会いに来てほしいと言い、
そうすれば、
必ず二人だけで数時間を過ごすと断言した。
それこそわたしの願いのすべてだった。
わたしは、
翌日一緒に夕食をすることを約束してからかの女と別れた。
(ジャック・カザノヴァ[著]窪田般彌[訳]『カザノヴァ回想録 3』河出書房新社、
1968年、p.135)

 

『人類史上最高にモテた男の物語』という本のタイトルになるぐらいのカサノヴァですが、
引用した箇所などを読むと、
彼の本気度が、なるほど、と分かる気がします。
ときどき彼特有の恋愛観、また性愛感、人生観が吐露され、
ぐんぐん読まされてしまい、
待てよ、これって小説じゃないんだよな、
と、
疑ってしまいたくなります。
でも本当なのでしょう。
実名でヴォルテールは出てくるは、ルソーは出てくるは、ポンパドゥール夫人は出てくるは、
で、
この本が実録であることを思い知らされます。
だけど、とりわけ修道女との恋愛は、
なんとも信じがたい。
ほんとか?
ともあれ、
カサノヴァは、
女性にこころを籠め、いのちまでかけ、
本気でサービスすることを何よりの至福と感じ考える男ですけれど、
たまに顔を出す「読者はご存知のとおり…」
的な言い回しに、
女性サービスと似た読者サービスの心情を垣間見ることができる
ように思います。
窪田さんの日本語訳でひとつ気になるのは、
「かの女」。
「かの女」は「彼女」で「かのじょ」なのですが、
つい「かのおんな」と読んでしまいます。

 

・雪しんしんと繰りかへす母の語り  野衾