音読に耐える学術書

 

本書はアメリカの精神科医の間でもかなり難解という定評がある。
しかし、訳者らの見解では、圧倒的大部分が文体の問題にすぎない。
彼の文体を同郷アイルランドの作家である
ジェイムズ・ジョイスの多義的な文体に比べる人もある。
とにかく、
訳者らは、
非専門家を交えた人々への講義である、という本書の成立事情に忠実に、
あくまで講義として訳した。
したがって、
述語を含め、
できるだけ音読に耐え、耳で理解しうるものになるように心がけた。
実際、
本書における「話のつぎ穂」は、
しばしば、日本語の学術論文の文体を用いれば全く失われるか、
唐突、あるいは滑稽にすらなりかねない態のものであると思う。
講義もサリヴァン理論に徴すればその行われた対人的な場の関数である。
その意味では
著者サリヴァンの趣旨に敵う翻訳をめざしたことになるかと思うが、
むろん、
その当否・成否の判定は読者にゆだねられることである。
(ハリイ・スタック・サリヴァン[著]中井久夫・山口隆[共訳]『現代精神医学の概念』
みすず書房、1976年、pp.345-6)

 

日本語のいまの片かな表記では、ハリー・スタック・サリヴァン
とされる人の代表的著作。
生前、
サリヴァン自身がみずから目を通した唯一の刊本であるとのこと。
引用した文章は、
『現代精神医学の概念』の「訳者あとがき」
からのものですが、
この本は、ゆっくり読めば、
「音読に耐え、耳で理解しうるもの」
になっていると思います。
わたしは、中井さんから習ったわけではありませんが、
学術書と言えども、
「音読に耐え、耳で理解しうるもの」でなければならないと信じます。
なので、
わたしが担当する本の原稿は、
そのこころで精読し校正することになります。

 

・崖下廃屋の庭に梅の花  野衾