奥邃とヨガナンダ

 パラマハンサ・ヨガナンダの『あるヨギの自叙伝』を少しずつ読んでいる。クリヤ・ヨガを欧米に伝えるべく遣わされたヨガナンダの生涯は物語として面白く、また、この世について深く豊かに教えられるようで、わくわくと子供に戻ったような気にさせられる。
 きのう読んでいたら、1枚の写真に眼が釘づけになった。「1920年10月ボストンで開かれた国際宗教自由主義者会議出席者の一部」とクレジットが入った写真。ヨガナンダの横に内ヶ崎作三郎が写っている。内ヶ崎といえば、奥邃を敬愛し、謙和舎の隣りに移り住んだような人だ。奥邃の身近にあって奥邃の生活ぶりからその思想を血肉化していたであろう内ヶ崎は、稀有のヨギ・ヨガナンダと何を話したろうか。何も話さなかったと考えるほうが無理だろう。話したとすれば何を。
 もうひとつ。ヨガナンダはサンタローザを歩いている。サンタローザは、奥邃のいた新生同胞教団のあった場所。偶然といえば偶然。必然といえば必然か。不思議だ。