声に恋する その1

 

その1、としたのは、その2があるから。
わたしがラジオを聴き始めたのは中学に入ってから。
出稼ぎに行っていた父の、
成績が1番になったら好きなものを買ってやろう、
との言葉につられ、
がむしゃらに勉強し1番になり、
忘れもしません、
ナショナル(いまパナソニック)のGXワールドボーイ
を買ってもらった。
うれしくて、
そのラジオがあまりにカッコよく、
鼻血がでるくらい喜んだ。
これには後日談があり、
その出稼ぎで父をはじめいっしょに行った数名は、
どの段階で騙されたのか分かりませんが、
働いた賃金を一円も受け取ることができなかった。
とはいえ、
息子に約束した手前、
出稼ぎ場所へ送ったわたしの手紙にあったナショナルの
GXワールドボーイを、
父は秋田に着いてから買った。
そのことを知ったのは、
何十年もたってから。
父から直接聞いて知ったのでした。
それはともかく。
宝物のGXワールドボーイを聴き始めてどれぐらい経っていただろう、
ラジオから、
この世のものとも思えない声が聴こえてきた。
初めて聴く声で、
歌が終ってからのアナウンサーの言葉に耳を澄ませた。
オリビアニュートンジョン。
オリビア、ニュートン、ジョン。
オリビア、ニュートン、ジョンというのか。
長い名前。
でも、暗記した。
休日、
秋田市に出かけ、
オリビアニュートンジョンのレコードを探し、見つけた!
買った。
買ったはいいが、
レコードを聴くための機械がない。
そんなことはどうでもよかった。
オリビアニュートンジョンのレコードを持つことは、
彼女の声を所有することだった。
ドキドキした。
わたしの家にはステレオがなかったけれど、
すぐ近くの叔父の家にステレオがあった。
叔父は、そのステレオで、
北島三郎を大音量でかけていた。
わたしは叔父に頼み、
ステレオの前に正座し、
オリビアニュートンジョンを聴いた。
胸が高鳴った。
あれを恋とよばずになんとよぶ!
まあそんな具合で、
若かった。
声に恋した初めての体験でありました。

 

・忍ぶれどキヤラ飛ぶほどの大嚏  野衾