高山仰止 景行行止

 

明治・大正の特異なキリスト者・新井奥邃(あらい・おうすい)
に師事した人物に秋田県出身の大山幸太郎がいる。
永久絶対平和を唱えた教育者であり、思想家だ。
下の写真は、
『新井奥邃著作集』の別巻に収載した奥邃の遺墨の一つで、
大山の求めに応じて書いたものである
と、
著作集第八巻に収めた大山の文章から知ることができる。
詩経にある文言とは知っていたが、
司馬遷の『史記』にある「孔子世家」
を読んでいたら、
これについて、
司馬遷が印象深く引用し、
この文言との関連で、
孔子の生き方に思いを馳せている箇所に遭遇した。
文章の最後を司馬遷は、
「天子・王侯をはじめ、中国の六芸を云々する者は、
すべて孔夫子を標準として、取捨折衷している。至聖といわねばならぬ」
と最大の敬意をもって締めくくっている。
『大漢和辞典』を書いた諸橋轍次の『中国古典名言事典』
にもこの文言が引かれている。
諸橋は、
「高山は仰ぎ、景行は行く。」
と読んでいる。
「止」は助詞。
「景行」は大道の意。

 

・祖父の手の炭火をほたと包むかな  野衾