・コーヒーをふたつ並べる春の宵
わたしが住んでいるボロアパートに畏友の上田さんが遊びに来ました。
ボロアポートながら、
部屋は三つありますから、
上田さんにゆっくり泊まってもらうことができます。
少し近況を聞き、
上田さんにと思った部屋を確認しに行くと、
その奥にもう一つ部屋があることに気が付きました。
どうして今まで気が付かなかったろう。
薄暗い座敷牢のような部屋。
こわごわ入ってみると、
さらにその奥に板張りの部屋があって、
黒光りする大小の仏像が所狭しと置かれています。
後ろからついてきた上田さんが、
へ~、
と驚いています。
仏像のある部屋の隣は、
カントリー&ウェスタンのバーになっていて、
そのレコードの多さには舌を巻きます。
カントリー&ウェスタンといえば、
上田さんの得意とするところ、
彼に即興で演奏するよう促すと、
まんざらでもなくすぐにギターを取り上げ演奏が始まりました。
やんややんやの大喝采。
演奏が終わってバーを抜けると、
そこは広々とした遊園地。
ジェットコースターもあればモンスターもいて。
部屋がつぎつぎ生まれ、
現れ、
性質を変え、
増殖はまだ止まぬようです。
・恥ずかしきこころに似たり光る風 野衾
・水温む忙(せわ)しなき銀行員の手
このごろ人文系の学部への風あたりがつよく、
とくに文学部に所属する先生方は、
さぞ肩身の狭い思いをしているのではと
想像されますが、
日本のカリスマ的な精神科医である
中井久夫さんの本を読むと、
彼の人間を見るまなざしに、
文学作品がいかにかかわっているかを知り、
医療現場においても、
トータルな深い人間理解が欠かせない
ことに改めて気づかされます。
それぞれの現場で
実体験からの人間理解は
基本かもしれませんが、
古今東西の文学作品に触れていることは、
いつか補助線となって、
思わぬところで
役に立つかもしれません。
また、
役に立たなくたっていいとも思います。
・春泥に歩(ほ)を踏み入るる農夫かな 野衾
・さくら見に宿予約して角館
ミス・ユニバース、ミス・ワールド、ミス・インターナショナル、
国内を見れば、
ミスの後に大学名・都道府県名を付けたり、
世にミスの付く競技は華やかなわけで、
ミスといえばまず
ミス・コンテスト、美人コンクールが脳裏をかすめるクセがありまして…。
昨日、
新聞を開いたら「ミス」の文字。
(なんだ?
大きな文字で「ミスつかれ」
変わったミスコンだなぁ。
「ミスつかれ」ってなんだよ。
疲れているのにそれが顔に出ない美人てこと?
そんなひと、いる?
いやいや、そんなミスコンあるわけない)
いま( )で示したところは、
わずか1秒にも満たない
電光石火の思考のめぐりでありまして、
すぐに下の文字が目に入り、
思考の虚を突かれました。
すなわち、
「ミスつかれ 痛い1敗」
オリンピック、カーリング男子日本に関する記事の見出し。
「ミスをつかれ 痛い1敗」
だったら間違えなかったのに…。
大きなミスでありました。
・四次元の北上に咲く桜かな 野衾
・土ゆるみ黒き面より蕗の薹
弊社が入っている横浜市教育会館に保育園ができ、
子どもたちの賑わう声を
たびたび耳にするようになりました。
昨日、
出社の折でした、
保育園前で子どもたちが二列に勢ぞろい。
男性の保育士が前で何やら話をしていました。
列の後ろには女性の保育士。
おもしろそうなので
そっと近づくと、
雀のようなる子どもたちが一斉に私のほうに向き、
おはよう! おはようございます! おはよう! なんていうの? なまえは? おはよう!
ねずみ花火がつぎつぎはじけるようです。
「みうら、っていいます」
と答えると、
「何みうら?」
「え。何みうらって言われてもなぁ。みうらはみうらで…。みうらまもるっていいます」
「ふ~ん。みうらまもる?」
「そう。みうらまもる」
みうらまもる。みうらまもる。みうらまもる。みうらまもる。
「ありがとう」
バイバイ! バイバイ! どこいくの? また来て! ばいばい!
「ばいばい」
保育士の二人にお礼を言って、
その場を離れました。
顔がほてって、
いい一日の始まりです。
・鶯やたわめる枝の重さかな 野衾