大きい文字

 電車のシートに腰掛けていたら、隣りに座った初老の紳士が鞄から徐に本を取り出して読み始めた。茶色の立派な革カバーがかかっていたからニ段組の聖書かなと思った。ところが、ニ段組どころか一段組のそれも14ポイントぐらいの文字でゆったり組まれており、当の本人は言うに及ばず、わたしにもどうぞ読んで下さいとばかりに一文一文が眼に飛び込んでくる。日本の美容業界に貢献したという人にまつわる人間模様を描いた小説のようだった。だれの書いた小説だろう…。黒い餞別…。ふむ。そんなことを考えている自分にはたと気付き、大いに恥じ入った。